48<手>

 腕を掴まれる。ほとんど引きずられるようにして部屋の奥に連れて行かれた。高嶺はベッドに腰掛け、大きく足を開いて間に俺を座らせる。
「さあ、どうすればお前は自覚するかな?」
「…………た、高嶺っ、……タチが……わるい……っ」
「タチが悪いのはお前だ」
「や、やめ……」
「一度痛い目を見ないと分からないらしいからな」
 言葉を言い終わるか終わらないかのうちに、高嶺は後ろから、また手のひらで俺の目を覆った。

「……やめ、……ま、マジでっ」
 ぎゅっと握り締めた手の、力の抜き方が分からない。
「すごい傷跡だ……。痛かったんだろ? 痛くないわけないよな。こんなの」
「……ひ」
 つうっと撫でられて、変な声が出る。手足が痺れたように重くなった。
「触ると痛い? そうでもないか? じゃあ、どうすれば痛いかな」
 近くで、がちゃがちゃと音がする。そばにあったサイドテーブルの引き出しを開けて、中を探っているみたいだった。

「あぁ、いいものがあった」
「た、たかみね」
「この傷のせいで、自分で思ってるより痛みとか苦手になってるんじゃないのか? 暴力沙汰は大なり小なり痛みを伴う。同じように苦手になってても不思議じゃない」
 何かが、背中にツと当てられる。
「いやだ……っ、なに持って……、やめ」
「んなワケあるかとか言わせるわけにはいかないからな」
「た、たかっ、み……っ」
「痛みに自分がどうなるのか、知っておいた方がいい」
「いやだ……っ」
 何かが当てられている部分が熱い。
「知らないと回避行動しないみたいだからなお前は」
「や、……め」

 見えない視界の奥で、ちかちか何かが光る。
 ……あし。足が……、よごれた、髪と。
「ぅあぁっ」
 いたい! 痛い痛い痛いっ!!
 もう嫌だこれ以上なんて無理出来ない壊れる痛い助けてもうやめて許して誰かころしておわりにして!
「ぁああァアッ!!」
 でもゆうかが……、がんばらないとゆうかが……。
「あぁあぁァ……っ、あ、も、や……っ」
「佐倉っ? 夏樹!?」
「おねが……、かわるっ……、おれが、かわりに……あ、やめて……ゆー……か……、たすけ」

 背中が熱い、裂けてる、つめたい、もう全部、痛いだけだ。
「おい! しっかりしろ!! 夏樹!!」
「も、ゆる……し……、あァ……ゆぅ……か、……やめ……」
「夏樹……っ!!」
「ひぃ……あぁ……、いた……いたぃ……、も、も……あぁ、そんな」
「何もしてない! 撫でただけだ!! 指で触っただけだ!! 痛くない!! 痛くないから落ち着け!!」
「ゃっ……あっ……っは……はぁ」
「悪かった!! 俺が悪かった!! まさかここまで……っ!」
「っひ、……はァっ、はッ」
「いやちょっと待てお前っ何なんだそれは!?」
「ッは、ハァ」

 頬に、……熱い、手。
「っは……ぁ、……べ……、さ……」
「何が交通事故だ! ……っ、丸山の奴っ! ふざけやがって!」
「……ッ、っは、はぁっ」
「夏樹っ、夏樹……っ、大丈夫だ、痛くない、ここは違う、分かるか?」
「っ、はァ……っ、ハ」
「大丈夫、大丈夫……、安心していい、痛くないから、な?」

 ……こえが、…………やわらかい、こえが、聞こえる。
「……は」
「なつき、大丈夫だ。大丈夫だからな。俺がいる。護ってやれる」
「…………っ、……た、……か」
「夏樹?」
「は……っ、はぁ……あ……、あぁ」
「しっかりしろ。俺が分かるか? 俺の顔を見ろ。名前、言えるか?」
「……た、……たかみ、ね」
「そうだ、俺だ。……あぁ、良かった」

 ぎゅっと抱きしめられている。
 変だなと思うのに、やめてほしくなくて、大人しく体重を預けた。
「……たかみね、…………おれ、……いま」
「大丈夫だ、心配しなくていい」
「今……なんか……、こわい……ゆめ、みたい……な」
「そうだ、夢だ。忘れろ。大丈夫だから」
「……た、かみね……、言った、とおり……」
 自分で自分が分からない。
 こんな感覚知らない。こんな不安もこんな怖さも、存在するなんて思ってもいなかった。

「おれ、どうし……何、いまの……」
「………………」
「夕香が……、夕香が……泣いて」
「……夕香って?」
「…………双子の……姉ちゃん」
 あぁ。あんまり話しちゃいけなかったんだっけ。……でも、なんか、話していないと、どうにかなりそうだ。

「事故で……死んで……、俺だけ、助かって……。あれ……、意識ふめいのままって……言ってたのに……、なんで、泣いて……」
「夢だ。……大丈夫。夢だから」
「夢……? あれ……ゆめ?」
 そうなのかな。……夢? ……なんで、そんな夢、見たんだろう。
 すごい、怖かったけど。……すごい、リアルで……夢、なんて。
「……、……の、さ。…………おまえの……手」
 抱き締めてくれている、耳の辺りに触れている手に、俺はそっと手を触れた。
「……あったかい……な」
「…………夏樹?」
「なんか……いい」
 そうだ。あったかいのは、好きだ。
「なんか、あったまる……。……そういうの、……いい」

「…………夏樹」
 耳元で、声がする。
「え……?」
「キス、していいか?」
「…………」
 キス? ……あぁ、していいかって、キスを? ……はは、初めて聞いた。いつも、聞かないのに。
「なあ」
「……………………うん」
 それ以外の答えが思い浮かばなかった。