49<本当>

「……ん、ぅ」
 あったかい。
「ぅ……、っん」
 頭の奥がぼうっとして、このまま眠りたくなる。
「夏樹、大丈夫か?」
「……、ぇ?」
 気付いたら髪をすかれていて、その感じが気持ちいいと思った。
「ん……」
 そうだ、この手は離しがたい。

「ちょ、お前……」
 髪をすいてくる手をそっと上から握った。
「…………ちょっと、このまま」
「いい加減にしてくれ……、理性がもたない……」
「りせえ……?」
「ちょ何だその口の聞き方っ」
 高嶺は、なんでか慌てている。
 口の聞き方……。あぁ、眠くてぼうっとして、ちょっとろれつ回ってないけど。

「お前、ほんとに大丈夫か……? 俺が分かってる?」
「高嶺……だろ」
「そうだ。お前が掴んで離さないこの手も俺の手だぞ」
「…………うん、知ってる」
「お前俺が嫌いなんじゃないのか?」
「……なんで」
「恋人になんて考えただけでぞっとするみたいな勢いで撃沈されれば多少はそう思う……」
「…………あ、ごめん」
 そういや、告白されて、即行で思いっきり拒否した気がする。何度か。

「……ごめんって、何、どういう意味?」
「え、いや……、なんか、……思いっきり拒否って……」
「思いっきりがごめんなのか? それとも拒否ったのがごめん?」
「…………いや、なんか……あー……ん? ……りょう、ほう?」
「拒否撤回すんのか!?」
「え? うぅぅう……ん?」
 そうなのか? そういうこと?

「どっち?」
「ぇえ……ん、うぅ……んー? よく分かんねー……」
「………………」
 高嶺は黙り込んでしまった。
「……高嶺?」
「お前……大丈夫か? どうした? この状況分かってるか? ノーマルのお前にはちょっと待てって状態だぞ。お前今上半身肌蹴まくってベッドの上だ。しかも目の前にはお前に惚れてる、男を抱ける男だぞ。それに、あぁ悪い、手縛ったままだった」
 高嶺は言いながら両手のネクタイを解いてくれた。

「……………………」
「状況理解した?」
「……シャツ、破いてんじゃねえよ……。使いもんになんねぇじゃんか……」
「そっちかよ」
 高嶺は目を閉じて小さく息を吐く。
「……俺のせいか。変なことして悪かった。まさかそこまで酷いとは思ってなかったんだ」
「酷いって……?」
「丸山先生から無理矢理聞きだしたんだ。お前の、その事故に対する心因的な症状のこと。……過呼吸とか、パニックみたいなこと起こしてたからな。退院したばかりなら丸山先生が経過観察を引き継いでると思って」
「……俺が寝ぼけたんじゃないかって時の?」
「そう」
「………………」

 思わず胸にぐっとくる。
 なんか、そんなことまで気にして動いてくれてたとか、ちょっと、……なんていうか、あぁ、って思う。
「で丸山先生が言うには、本人は事故に遭ってから一ヶ月ずっと昏睡だったって思ってるけど、実は事故直後から病院搬送までは意識があって、……怪我の痛みに結構苦しんだって」
 高嶺は俺の頬に手を触れながら、真剣な顔をして語りかけてきた。
 俺はというと、全く身に覚えがないので、いまいち実感がわかない。

「……まじで?」
「あぁ……、でも覚えてないのは結構ある話らしい。解離性健忘って説明されたけど、そういう辛い経験ってのを人間の脳は忘れさせることがあるって。」
「……そうなんだ」
「ただ、完全に記憶を消去したわけじゃない。ちょっとしたキッカケで思い出すことがあるらしい。しかも最悪なことに、そういう時は大抵、かなりリアルに思い出してその時の真っ只中にいるような苦痛も一緒なんだそうだ」
「……あぁ、ドラマとか漫画でよくあるフラッシュバックってやつ?」
「そうそうそれ」
「……うわ。俺それなんだ。……イタイ」
「そんな風に思うな」
 高嶺はくしゃくしゃと俺の頭をなでた。

「……いやでも、ほんとに……まじで? ……な、なんかそんなのあるわけないってスルーしたい気分なんだけど……。いや、ってか今のなかったらそうしてたな……発作なんか起きないって、俺豪語してたし……」
「…………悪い。俺も体感しないと信じないと思ってわざとフラッシュバック起こさせた……。そんなに重いやつじゃないだろうって思って……。丸山先生が、お前の場合は怪我の痛みがキッカケだから、それに起因して暴力系全般だって言っててな」
「あ。そ、それで喧嘩買うなって……」
「あぁ」
「………………」
 すぐに言葉を継げなかった。

「……ごめ……、俺、お前に……自分が気分いいだけだろとか、……ひでーこと言った……」
「ははは、そうなるよな。あれは俺の説得力不足だ。言い方悪かった」
 高嶺の笑いは確かに笑顔を伴ってたけど、全然目が辛そうだった。
 ……傷つけたんだと、思う。
「惚れたやつには下手な斜め撃ちより、誠意をもって真っ直ぐにとか。俺のこだわりが邪魔したんだ。……全然余裕無いな俺……情けなくて悪い……。初めてなんだよ、本気で惚れたのは」
「……あ、いや」
 言葉が自然、にごった。
 ななな、なんか面と向かって今さら言われると恥ずかしいぞ!! ちょっと待て俺! そういえばおかしくないか!?
 拒絶反応、どこ行った!?

「……けど、…………お前、事故じゃ……ないんだろ?」
「え?」
 聞いたことある問いに、俺はふと瞬きをする。
 高嶺は俺をぎゅっと抱きしめなおしてきた。
「……丸山先生も綺麗に嘘ついてくれたからな。俺も騙された。だからそんなに重いフラッシュバックじゃないだろうって思ったんだ」
「え、え、え、何、ちょっと待て。お前まで何言ってんの?」
 俺の理解を置いたまま話を進める高嶺を、俺は止める。

「お前まで、って、何が?」
「五十嵐だよ。あいつもそんなこと言ってたんだ。……俺の、その、傷跡が……交通事故にしちゃ不自然だって……」
「……あぁ、屋上で会ってた時か。ってことはお前、お前自身の認識も交通事故なのか? 隠してるとかじゃなくて?」
「か、隠してねえよ。医者も警察もそう言ってたし……。だって、そんな嘘、ついて誰が得するって……」
「………………」
 高嶺は黙っている。
 何か考えているらしいというのは、なんとなく分かるようになった。

「……でも、でも、夕香……泣いてた。……フラッシュバックが思い出すってことなら……あれ、夢じゃなくて……、本当の事……? 医者は意識不明のままって言ってたんだ……。……なあ、もしかして、ほんとに……交通事故じゃないのか……?」
「…………何か思い出したのか?」
「お、思い出したっていうか……、夕香が泣いてたのだけ……頭に残ってる……」
 高嶺は一瞬目を閉じて、何か言葉を探したようだった。
 抱きしめられている俺は必死で高嶺の顔を覗き込んだ。
「…………憶測しか言えないけど……、医者も警察も事故だって言うなら確かに事故には遭ったんだろう。……ただ、お前が覚えていない時に起こった事を何か知らせていない可能性はあるな……」
「夕香が意識不明のままじゃなかったとか、そういうことか!?」
「それくらいのことなら、お前にわざわざ嘘を教える必要もないと思うんだが……、お前のショックのことを考えてそうしたってことも考えられる」
「………………そ、っか」

 苦しまなかったって、聞いてたけど。
 そうじゃなかったのか。
 じゃあ、母さんたちや上の姉ちゃんたちが即死だったってのも、嘘かもしれないんだろうか。苦しんだのか? 俺に教えられないような死に方だったのか?
「……俺、ショック受けてもいい。……本当のことが知りたい」