53<バイ>

 こんこんっ

 ドアが鳴った。
 俺はびく、とする。
 だっていくらなんでも、この格好はありえない。
「お前たち、そろそろ気は済んだか?」
「トモ? あー、ちょっと待って」
「げ」
 今の相葉副会長の声、結構通るんですけどっ、ボリュームのわりに!

 一人で慌てかける俺の手を引いて、高嶺は俺を起き上がらせた。
「とりあえず破れた服脱いでシャツ着直せ」
「た、高嶺っ、ここって声ほとんどっ」
 間抜けだとは思うけど必死になってズボンを上げながら尋ねる。
「あぁ、筒抜けだ。だから最初に断ったんだよ」
「ああああ、最低っ!!」
 じゃあ何か! 一部始終全部聞かれてたってわけか!

「くそ、あぁ、もう絡まってる!」
 破れたTシャツと制服のシャツが変に絡んでうまく脱げない。
「夏樹、ほら、落ち着け」
 後ろから高嶺が手を貸してくれて、それで無事にシャツが腕から脱げる。
「くっそ、お前どんな馬鹿力っ」
 破れたシャツを取り去って、慌てるせいで上手く動かない手でシャツを羽織る。
「おい慎也、まだか? そろそろ限界なんだが」
「は? いやトモ兄、ちょっと待ってって」

 二度目の催促に高嶺も慌てだしたらしく、俺のもたもたに痺れを切らしてボタンを留めるのを手伝い始めてくれた。
「……あー」
 なんか、自分が上からボタン留めて、誰かに下から留めてもらうのって、小さい頃母さんや姉ちゃんたちにしてもらったような……。
「微妙すぎる……」
「何か言ったか?」
「いや……」
 俺がそう答えた時だった。

「ちょっともう限界だってばトモ兄! 佐倉ちゃん!!」
 そういう声が聞こえてドアがばぁあんと開いた。
「………………ふ、く……かいちょ、さん?」
 隣の部屋の明るい光を背に逆光で現れた人影は、確かに宮野副会長の声で叫んだ気がする。
「そうだよ! トモ兄が止めるから我慢したけどもう限界! あんな可愛い声聞かされて我慢できるわけないって!!」
 そう言ってずんずん向かってくる姿は、ああやっぱり副会長だ。フランクな方の。

「な、あ、あ……」
 か、可愛い声って……、ちょ、待て……、聞かれたのは、相葉副会長だけじゃなかったってことか?
「よくもまあ、あんなに嫌がってた子を、一日で落としたよね……。さすが慎也って感じかな」
「ぎゃあっ、瑠璃川先輩っ」
 入り口からした声は、俺のパニックに更に追い討ちをかけてくる。
 てことは、ほぼ間違いなく福神先輩もいるってわけで!

「ななな」
 ああ。駄目だ。穴があったら入りたい。
 いや、この際、そこの布団でもいい。
「ずりい! ちょ、慎也なんだよ、一人だけずるいし! なんで何気にくっついてんだよ!? 俺に幸せのおすそ分けは!?」
「はあ? おすそ分けぇ? お前分けてもらわなくても手ぇ出せる奴いっぱいいんじゃねえか」
「うっわー! それ自分だって同じじゃん! 俺も聞きたい佐倉ちゃんの声! 見たい佐倉ちゃんの涙目!」
「てっめ、ドアに耳つけて聞いてたんじゃねえだろうな!?」
 二人はぎゃあぎゃあと言い合いを始めている。

 俺はそれを、布団の中に入ってシャットアウトすることにした。
「こらこらこら、佐倉くん。ここで逃げたって何の解決にもならないよ」
 なのに、床から拾った布団をかぶろうとした瞬間に、瑠璃川先輩が一緒に入ってくる。
「いや……ちょ、瑠璃川先輩……、マジで死にそうです……。勘弁してください……」
「気持ちは分かるけどね。俺にはこうなるだろうってことは薄々分かってたよ。まさかこんなに展開が早いとは思ってなかったけど」
「……何ですかソレ」
「昨日昼休みに聞いた佐倉くんの気持ちとやらは、どうも本心に思えなかったんだ。男同士とか、自分でも信じられない気持ちとかへの反発心かなって」
「………………」
 そんな本人でさえ全く自覚してなかったことを分析してる貴方は何者ですか……。

「佐倉くん、君ってもしかしたらバイセクシャルなんじゃないかな」
「……え」
「男女がいる環境なら一生気付かないままの人もいるみたいだけど、こういう環境だと気付く子も多いらしいよ」
「…………な、なん」
「まあ俺、自分がそうだから色々調べたんだけど。佐倉くん、女の子とセックスしたことある?」
「なっ」
 なんつうことをいきなり聞くんだこの人は!?

「今さら恥ずかしがらない」
 しかも何気に語調強い……。
 俺は布団の外でぎゃあぎゃあ騒ぐ高嶺たちの声を聞きながら、まあいいかと思った。
 男同士だし。女の子が男に聞かれてる訳じゃないんだし。恥ずかしがる方が変だよな、うん。
「……いや、たぶん……したとは、言い切れない感が……」
「最後までしたことないってこと?」
「………………」
 この人、どこまでオープンなんだ……。濁した言葉が通用しない……。
「……その子も初めてだったんです、……キツくて」
「最後まで入ってなかったって?」
「……ま、まぁ」
 突っ込みを許さないストレートな物言いに俺は、この人を敵に回すのだけはやめとこうと心底思ってしまった。

「君はイったの?」
「えっ」
 お、男同士とはいえ、そこまで話すもん!?
「いや、あの」
「イかなきゃ終わらないよね。入んなくて、どうしたの? その子に手とかでしてもらった? それともトイレで処理した?」
「いや、……いや、あの……」
「トイレ?」
「いや、トイレはさすがに……」
「ああそう。じゃあまぁどっちでもいいんだけど。とりあえずその子との最中にイきはしたんだね」
「…………………………はぃ」
 もう、なんか、……諦めたほうがいい気がする。

「で、どっちが良かった?」
「……は?」
「さっき慎也に、高嶺にイかされてたでしょう。どっちが良かったの?」
「…………な、な、な」
 なんつうことをこの人は!! ってか! どっから聞かれてたんだ一体!?
「その子との時も、あんな声出たの?」
「だ、出してませんっ!!」
 あんな、あんな声聞かれてたなんて! 女の子の前でさすがにあの声はドン引きだっつーの!
「あぁ、じゃ、高嶺との方が気持ちよかったわけだ……」
「……えっ、あ! 嘘!」
 そうなるわけか!?

「……うーん、……うーん……専門家じゃないからなぁ。ハッキリ言えないけど……」
「何なんですかっ」
「うーん……、いや、一般的にバイって男とも女とも恋愛できるってことみたいな意味で捉えられてるけど……、セックスするとなると一方に偏る傾向が多いらしいんだよね」
「………………」
「佐倉くんはセックスとなると男性に偏るタイプなのかな」
「……………………」

 ……まじで。

「そんなに真っ青になることないよ。高嶺が経験有りすぎて上手かったってだけかもしれないし。この先も女の子と恋愛することあるかもしれないし」
「……あー、……えーっと」
「……おい、ルリ。この先の恋愛なんてねえよ。俺が最後だ」
 ばさっと、布団がめくりとられた。
「……高、嶺」
「夏樹、寮まで送っていく。続きはまた今度な」
「…………つづ」
 き、って……うわっ! その続きか!?
「た、高嶺っ! 恋愛の仕方は俺が基準だから! 無理矢理禁止! そういうのは自然にそうなるもんだから! 焦んな!」
「……はいはい」
 うわっ、二度返事、信用ならねえ!

「うーわーあー。佐倉ちゃん顔あっかーい。まじで何それ! あぁもう、俺が落としたかったあ!」
 宮野先輩は楽しそうに声を上げて笑っている。
「……っ、殴りますよ」
「ぅわおっ、怖っ」
「彰、人の恋路にそれ以上茶々を入れるな」
 あぁ、相葉副会長。貴方見てるとすごい安心するよ。
 思ったことはとりあえず飲み込んで、宮野先輩の相手を任せてしまうことにする。

「えー、でもトモ兄、面白すぎるってまじで。大真面目な声で惚れたとか言ってあの慎也が」
「てめっ、絶対耳貼り付けてただろ!」
 またよく分からない言い合いが始まった。
「聞こえた分だけだっつうの。っつかこんなトコで愛を語り合うのが悪い」
「んなもんそういう流れになったもんはしょうがねえだろ! てめえだって所構わず遊んでるくせに!」
「んなの慎也だって似たようなもんじゃんよ!」
「お前と一緒にすんな! 俺はもう夏樹だけだ!」
「うーわー、熱っちい! 慎也が! 慎也のセリフとは思えねえっ、さぶ!」
「てめぇー」

 言い合いはなんか、俺のテンションをだだ下がりにさせるのに効果絶大だった。
 けれど、高嶺の表情はいつも俺に見せるのとは違っていて、ちょっと、眺めていたいかもとか思ってしまった俺は、止めることはせずにただ黙って見守ることにした。