54<関門>

 その後。
 高嶺とのやり取りの最中にベッドの端に落ちてた眼鏡を回収して。
 相葉副会長にも素顔を見られた俺としては、話してなかった高嶺ごと、二人に顔隠しの不本意な事情を説明して。
 とりあえず寮に帰ろうと仮眠室を出たら案の定福神先輩もいて。
 勢ぞろいした生徒会メンバーに祝福されて見送られてしまった俺は、早まったかなと思いつつ高嶺と一緒に校舎を後にし、寮の建物までたどり着く直前、あることに思い至った。

「……鞄、預けたの回収して帰らないと。カードキーないし」
「さっきの友達だな? じゃあ西館か」
 何気ない動作で肩をすくめた高嶺は、東館へと向けていた足をわずかに西館の方へと変える。
 けれど。
「いや……、もう、いいよ。ここまでで。……あ、いや、むしろ……、なんで俺、お前に送ってもらってんだ?」
 俺が足を止めたので、高嶺も立ち止まる。
「は? んなの当たり前だろ。付き合ってんだぜ?」
 高嶺は眉をひそめて首をかしげた。

「………………」
 俺はと言うと、顔が妙に引きつって、それを戻すのに必死だ。
「や、やっぱそれ本当なんだよな……。うわ、言葉にすんなよ現実味が増すから……」
「………………」
 高嶺は黙り込んだ。
「あ、えーっと。……ごめん」
 やばい。傷つけたかも。
 俺は高嶺の表情に少し焦った。
 そうだよな。言葉が足りてねえよ、俺。なんか、なんかフォローしねえと。
「いや、言い方、そうじゃなくて……。嘘とか、嘘、……違う、嘘で言ったんじゃない。そうじゃないんだ」
 ぬああ。自分で何を言いたいのか分からなくなってくる。

 高嶺は俺の言葉を待つように、ただ黙って俺の言葉を待っている。
「あのな。お前がすっげえ本気だっつうのは分かったし、そんで、俺もいいかと思ったし、付き合うってなって、お前がすげぇ喜んでんのも分かった。……だから、嘘にしたいとか……そういうんじゃなくて……」
「…………うん。で?」
 俺とは正反対に、妙に落ち着いている高嶺。
「ああ、あの。……いや、ほんとに……、俺、今まで、考えたことなくてさ……、お、お、男とかで……そういうの、なるって、思ったことなかったから……、ど、どうしていいか……」
「やっぱやめたいか?」
 高嶺は静かに訊いてきた。
「…………。いや、あの」
 それ、それじゃ……お前、それで、いいのかよ。……あんなに。あんなに喜んでたくせに。

「あぁもう! そうじゃねえ!」
 もう、頭がぐちゃぐちゃすんのは面倒くさい!
 俺は髪をぐしゃぐしゃさせて高嶺を睨みつけた。
 ここでハッキリさせておきたいことがひとつある!
「おれっ、俺は! お前に口説き落とされたんだ!」
「お、おう……」
 高嶺は俺の言葉に気圧されたように頷いた。
「お前が! めちゃくちゃ好きだとかって言うから! 本気だ本気だっつって俺のこと考えまくってるから! だから、そんなに好きならくれてやってもいいかとか思ったんであって!」
「……夏樹?」
「お前が俺を口説いてこなきゃっ、俺お前と付き合うなんて絶対考えなかった! 男同士だしっ、ありえないしっ、恋愛対象外だったんだマジで!」
「………………」
 高嶺は瞬きをしている。
「それをっ、それをいきなりっ、お前と恋愛するって考えになっただけでもすげえ心臓バクバクなのに! いきなりそんなっ、当たり前みたいな風にっ、無理!」

「………………」
 高嶺はまた無言だ。今度は少しばかり目を丸くして。
 俺は感極まったのか、息が荒くなっている。
「あ、あのさ……! だからもうお前っ、最大の関門は突破したんだよ……! だから、その、なんつーか、今度は落ち着いてさ……、俺の感覚が、現実に追いつくのを待ってくれとか……、っつか待てよとか、思うわけで」
 あー、自分で何言ってんだか。
 はたから見た図を想像しなくない。

「……えーっと、まあ何だ。意味分かった?」
「………………」
「高嶺?」
「…………」
 ふと、高嶺の腕が左右に伸びた。
「うわっ」
 気付いたら、抱きしめられている。
「ななな、てめえ言ったそばから!」
「あはは、そんなに俺って対象外だったか……」
 高嶺は笑ってる。
「……つまり、お前、それなのに俺の気持ちに応えようとして、ナシをアリにしてくれたんだな?」
「……いや、まあ」
「一生懸命、恐る恐る?」
「……まぁ、そんな感じ」
「やべえ。胸キュンだ」
「胸キュンん!?」
 どこの乙女だお前!

「愛しさ倍増。惚れ直す。やっべえ、俺どうしよう」
「何なんだよお前! 性格崩壊してないか!?」
「いや気持ち悪さは自分でも実感してる。俺自分はクールな人間だと思ってたしな。こんなん知らねえよ。これか。これが本気ってやつの違いか。どうしよう。なあ、どうしようか」
「知るかボケ!!」
 高嶺の具合があまりにも奇妙なボケっぷりなので、俺のツッコミも更に冴え渡って磨きがかかる。
 エクスクラメーションマークが二つ付くくらいには。

「ってか! 離せ! お前人に見られたらどうするんだ!? 俺とお前がほんとにくっついたなんて知れたらまた大騒動じゃねえか!」
「知れた方がいい。爆弾への牽制力が上がる」
 高嶺は平然と述べたまわりやがった。
 俺は慌てる。
「ばっ、冗談じゃねえ! いやいや! 刺激すんなっつったのはお前だし! 現状維持が一番安全確実だって!」
「お前、恥ずかしいだけだろ」
「なんで分かんだよ!?」
「お前面白いな」
「答えてねえし!」

 高嶺はにっこにこ笑って楽しそうだ。
 俺は楽しくないぞ、全然。
「でもまぁ、お前に任せるよ。……ああ。落ち着いて待つさ。恥ずかしくなくなるまで」
「……さ、さんきゅ」
「そうだな。最大の関門は突破してるんだよな。お前の言い方は楽しいな」
 高嶺はそう言って俺を離し、頭をくしゃっと撫でてきた。
「………………勝手に楽しんでろ」
 そういう減らず口を叩いた時だった。

「会長!!」
 寮の方から、声がした。
 俺も高嶺も振り向く。
 人影は二つあった。
 近付いてくる二人を見て、少し遅れて後から付いてきてる感じの奴は俺が知っている相手だということに気付く。
 知ってるっつっても、そんな知らないけど。
 立野だ。クラスメイトの。
 転入初日の質問タイムで変な質問してきた。……あぁ、こいつの印象ってそれだけでもう固まってるよな。

「……夏樹」
 高嶺が耳元で囁いてくる。
 俺はそれを聞きながら、もう一人を、女みたいにやたら可愛い顔してるなと思いながら見ていた。光とは違う、なんかほんとに、冷たい感じの女っぽさ。
「親衛隊のメンバーだ」
 小さな声。近付いてくる二人には聞こえないくらいの。
「っえ」
 俺は、思わず高嶺を振り返っていた。