55<役>

「会長、やはり僕は納得いきません。会長を慕っている優秀な者はたくさんいます。なのになぜこいつなんですか」
 近付いてきたその女男は言った。
 パーマでも当てているらしいカールした黒髪に、ちょっとつり目っぽい大きな目。
 後ろに控えている立野が野球少年みたいな短めの髪に一重の目だから、その差異は余計奇妙に見えた。

「篠原、納得できないならグループを解散しろと言っただろう」
 高嶺に篠原、と呼ばれてそいつは顔を強張らせた。学年章を見れば、なんだ一年だ。
「……なぜですか。僕は……僕たちは、会長の為に、……会長が少しでも余計な事に煩わされないようにと、お役に立てるようにと……」
「なら役に立ってくれ」
 高嶺は冷たく言い放つ。

「………………」
 口を挟める立場じゃない俺は見守るくらいしかできず、気まずい空気にとってもいたたまれなさを感じる。
「会長! ですから、もっと役に立つ者がおそばにいると……!」
「役に立つ? 俺の機嫌を保つ役には確かにたっていた。誰も彼もウンしか言わないイエスマンだったしな。俺の意見を褒めるだけのことが他にどんな風に役立つと?」
「皆、会長を慕っているからこそです!」
「ああ。そうだな」  高嶺は呟くように言った。

「……分かっていたなら、なぜですか!」
「分かっていたから寝たさ。本気で好きなんだと言ってきた奴はみんな。俺もそうなれるかもしれないと思ってな。けど、そうならなかったもんはしょうがねえ。あとはお前たちの決めたルールが知っての通りだ」
「………………こいつは、そうなったとおっしゃるんですか」
 篠原がきっ、と横目で睨んでくる。
 それから、うるうるした目にころっと変わって高嶺の方を向いた。
「ああ。そうなった」
「………………」
 隣で俺はこいつが好きだと宣言されている俺としては本当にもう、逃げ出したい気分なんですが。
 ……いや、恥ずかしさ云々よりも、この篠原という奴の殺気まがいのオーラに。

「……分かりました」
 唐突に篠原はそう言った。
「………………あれ」
 小声で呟く。
 今さっき感じた篠原の殺気が一瞬で消えている。
 何だ、どういうことだ?
「会長が言うなら、僕たちも引き続き会長のサポートに全力をつくします」
「…………」
 高嶺は一瞬だけ、黙り込む。
「何の見返りもないぞ。いいのか」
「僕は、純粋に会長のお役に立ちたいんです。見返りなんかの為に動いてるんじゃありません」
「……分かった。ならこの話はこれで終わりだ。いいな」
「はい。では失礼します」
 あっさりと答えると篠原は、行くぞと立野に声をかけ、もと来た方へと歩いて行く。

「…………」
 近付いてきた時の形相のわりにやけにアッサリひいたもんだから俺はポカーンとして二人を見送るはめになった。
 最後にもう一度ひと睨みくらいされるかと思ったらそれもなしだ。
「……なんか、え、拍子抜けなんだけど」
「安心するなよ。はらわたは煮えくり返ってるはずだ」
「え、やっぱそうなわけ」
 高嶺の声音は、うんざりといった感じだ。
「俺の親衛隊を名乗ってる奴らは、俺に解散を公式に指示されるのがのが一番のダメージだからな」
「……親衛隊って、なんかすげえな」
 そんなの、一昔前のアイドルにつくもんだと思ってた。ファンクラブ的な。

「バンドやってた時からファンをなんとなく仕切ってるグループがあると思ってたんだが、俺らが生徒会やることになった時にはああなってた」
「……公式には認めてないんだっけ」
「公式に認めたことはないけど暗黙の了解ってことになってるな」
「うわー」
「実際、役には立ってるんだ」
「……うん、滝田からちょっと聞いた……」
「そうか」

「色々大変なんだな」
「男子校だからな。しかも寮制の。自分がゲイだとか、性別の認識が違うと自覚して来る奴も多い」
「…………」
 葉姉、生きてこの話聞いてたら、悶え喜んだんじゃないかな。
「いやなんか、不謹慎だ」
「何だ?」
「何でも」
 何はともあれ、色々大変なわけだ。人気者ってのも。

「とにかくだな、ああいう感じに牽制はしてるが、不満をゼロにしたわけじゃないんだ。嫌がらせだの何だのあったら、言えよ」
「…………あぁ、うん」
「何だ今の間は」
「え。いや大丈夫大丈夫。ちゃんと言うって。喧嘩厳禁な理由は身をもって理解したし」
「……なら、いいけどな」
 高嶺は疑わしそうにしながらも一応頷く。
 俺はというと、内心、ただの嫌がらせくらいでいちいち報告するかよ、とか思ってたりしないでもなかった。
 だって、嫌がらせと喧嘩じゃ問題のレベルが違う。暴力沙汰になりそうなら言っとく必要はあるかもしれないけど、それ以外は全部スルーだろう。無視が一番いいんだって。

「と、とにかく、ここでいいから! 友達んとこ寄るから。お前と一緒に現れたらまた根掘り葉掘り聞かれるに決まってるしっ、無理だしっ」
「あぁ、分かった分かった。早く慣れてくれよ。頼むから」
「…………努力する」
 俺の答えに高嶺はしょうがないなとばかりに優しく笑って、俺の髪をくしゃくしゃなでた。
「………………」
 な、慣れる日が来るのかどうか、はなはだ疑問なんですがっ。
「じゃ、気をつけてな」
「あ、あぁ」
 高嶺は、俺の頭をなでていた手を今度はひらひらと振り、言った。
 俺もつられてひらひらと手を振り返す。

 高嶺は小さく頷いて、校舎の方へと歩いていく。
「………………」
 俺はしばらく無意識で振っていた手にはっと気付き、それを下ろした。それで、寮の方へと向かう。
「……な、なんだかなー」
 終礼直後までは、こうなるとは予想だにしてなかった。
 人生、何が起こるか本当に分かんねえ……。

「……まあ、まあまあまあ」
 よく分からない感じに自分で自分をなだめて、この時間は開けっ放しの寮の入り口をくぐる。
「………………」
 とたん、ささってくる視線。
「………………」
 寮の入り口付近にはコンビニと本屋があるのだけれど、その両方、本棚や商品棚の向こうからほとんどの生徒がこちらにちらちら視線を投げかけてくる。
 かなり冷たい雰囲気で。
「………………」
 おいおいおい。

 ふと気付いたら、さっきの篠原が立野の他にも連れを引き連れて、二階にあがる階段の近くからこっちをじーっと見ていた。
「………………」
 はらわたが煮えくり返ってらっしゃるわけですか……。
「…………」
 ちっ。しょうがない。
 さっき思った通り、ここは無視だ。
 気を取り直して、入り口で止めた足を進めて、階段の方へ。光たちの部屋は3階だ。

「………………」
 向こうは動く気配がないから、本当に冷ややかな視線を送るだけのつもりらしい。暴力沙汰にならないなら問題ないか。
「………………」
 無言で、篠原の横を通り過ぎる。
 直後。
「すぐ捨てられそ」
「…………」
 やたら耳に残る声が、そう呟いたのをしっかり聞いた。
 その後、それに呼応するかのような冷笑が取り巻き連中から。
 足を止めなかった自分を褒めてやりたい……。

「……………………」
 無視、無視だ! 基本中の基本!
 俺は足が不自然に早くならないよう、務めて冷静に、階段を上った。