57<ナツ>

「……はーい?」
 玄関に向かい、どなたですかという問いを含めた返事を光がした。
「あー、安達くんー? 俺だよ、郷田~。三年のー。今ちょっといいかなあ?」
 のんびりしたドアの向こうからの声は、むしろ逆に俺と要に緊張感をもたらした。

「……郷田って、さっきの先輩だよな」
「ああ、確か。間違いない」
 俺と要はひそひそ声で囁きあう。
 光は一瞬きょとんとして、首をかしげた。
 ……やっぱり光のしぐさの方がかわいいと思うんですけど。

「えーっと、と、ちょっと待ってくださーい!」
 光は答えてから要の方を振り返った。
 どうしたらいい? という問いかけが、声に出さなくてもしっかり顔に書いてある。
「とりあえず、用件聞け」
「う、うん。……あのー、ご用は何ですかー?」
「いや、ちょっとした話なんだー。3分だけ。忙しいー?」
「えーえー、えーっとー」
 郷田は何か違和感のある優しげな口調でドアの向こうから語りかけてくる。

「要、とりあえず、出るよ? 3分って言ってるし」
「……あぁ」
「うさんくさいな……」
 しぶしぶ頷く要と、ストレートに悪口を吐く俺。あはは。
 光は肩を竦めて困ったような顔をした。
「もう、二人とも何か心配しすぎだよ。普通にいい先輩だったじゃない」
「……いい先輩は人のCD勝手に聞かないと思うけどな」
「あ、……そうか」
 要の言葉に光はしゅんとし、俺はこくこくと頷いた。
 そうそう。純粋な興味で悪気はなかったとしても、マナー違反をする奴なんだし、俺と要のこの警戒心は正常な反応だ。

「ま、とりあえず話だけ。俺も後ろで聞いてるから。夏樹、お前は喋るなよ。歌の声はまた感じ違うけど、一応、声でCDの歌がお前のってバレるかもしれない」
 要の指摘は、最もだった。
「あ、あぁ、そうか。分かった。黙ってる」
「安達くーん?」
 再び玄関から声が聞こえて、話がまとまったのを確認した光が今開けますと返事をした。

「やあ。急に悪いね。あ、もしかして友達来てた?」
 光が開けたドアの向こうにいた郷田先輩は、俺を見て言った。
 郷田先輩の後ろにさらに人影がある。
 さっき教室に訪ねてきた時に連れ立ってたのが3人。仲良くそろってご登場らしい。
「はあ、まあ。……えーっと、なので……、長くなる話ならまた今度にしていただけると……」
 光は俺たちの警戒心を気にしながら言葉を選んでいるようだった。
 すると郷田は大丈夫大丈夫と手をひらひらさせた。

「違うんだ、長くないよ、単純な話」
「はあ」
「実はね、折り入ってお願いがあって来たんだ」
「……はあ」
 お願いだ?
 思わず眉間にしわがよったのを自覚する。隣を見ると、要の眉もぴくんと上がっていた。
「……あ、そうだごめん。紹介してなかった。こっち、馬場と木島と土井。俺と同じ三年。さっき教室行った時にいたっしょ?」
「え、え、あ、はい」
 いきなりぱぱぱっと説明されて、紹介もへったくれもないだろうに。
 光は顔と名前を一致させる作業をしようとして、諦めたようだった。

「改めてよろしくな」
「まあ、おいおい覚えてよ」
「悪いな突然」
 3人は口々に軽く光に挨拶をする。
 それもほぼ同時に口にしてきたもんだから、ほとんど聞き分けられなかったわけだけど。
「で、実はね、俺たちバンドなんかやってたりするわけなんだよ」
「…………はあ」
 光は曖昧に返事をした。
 ピンとくる。
「……そういうことか」
 小さな声で要が呟いたところを見ると、どうやら同じように気付いたらしい。

「いやー、ほら、生徒会のバンドが凄いからさあ。比べられちゃうからあんまり大きな声で言えないってのはあるんだけど」
「そうそう。解散したっつってもなー」
 と、相槌を打つのは確か、馬場?
「でもま、音楽好きだしな」
 で、たぶんこれは、土井。
「そうそう。だからやめたくないってゆーか」
 で、きっと木島だ。
「はぁ」
 頷く光。

「担当はね、こっちの馬場がベースで、木島がキーボード、土井がドラム。で、俺が今のとこギターボーカルなんだ。でもそれがさ、あはは、笑っちゃうことに、俺、歌、超下手なんだよねぇ」
「……はぁ、……ん、え? あ」
 どうやら光も気付いたらしい。
「で、だ。お願いってのはつまり」
「………………」
「僕らのバンドのボーカルとして、君が欲しいんだよ」
 ほらやっぱり。
「………………」
「安達くん?」
 光は驚いているのか、固まっている。
「光?」
 要が後ろから声をかけて、ようやっとびくっと反応した。

「わ、わわわ、え、えっと! 無理無理無理! 無理です! 僕なんか! 下手すぎて!」
 慌ててぷるぷる首と手を振り、全力でノーを訴えている。
 郷田せんぱ……、あぁいいやもう郷田で。……郷田はどうやら光のそういう解答想定していなかったらしく、意外そうな顔をした。
「え、いやでも、ごめんCDつい聞いちゃったんだけど、すっごい上手かったよ? あ、そうだ、あれユーカって歌手の曲も入ってたっしょ? まさかプロの歌手に楽曲提供してるのがうちの生徒にいるなんて思ってもなかったし。ねぇ、なんで自分で歌わなかったの? 全然あれ通用するレベルっしょ? 言われなかった?」
「えええええっと、いやあのっ」
 光は盛大にどもりながら、俺にちらっと視線を向けてきた。
 俺は無言で焦る。
 ……やばいぞ。ユーカを知ってるってことは、CDの歌が俺だとバレると、俺とユーカの関連に疑問を持たれる可能性が一気に跳ね上がったってことだ。

「ていうか、どうして楽曲提供することになったの? なんか作曲家として活動してる? 事務所とか入ってるの?」
「え、いやっ、いえ! そんなのはないです!」
 よく分かっていない光は否定するのに必死だ。
「調べたんだ。ユーカって歌手の曲、作詞はほとんどユーカってなってるけど、作曲とか編曲とか、あと作詞の一部とかに、ナツって書いてあった。それが君なんでしょ?」
 ぎええええ!
 俺は叫びそうになるのを必死で堪えてポーカーフェイスを維持する。
 夏樹のナツです間違いなく!
 目の前にナツって字の入る名前の人間がいることがバレたら、絶対勘付かれる!

「え、えええええー」
 ちらっと振り向いてくる、光。
「そそ、そうですけど……っ」
 俺を庇う為に、光はそう答えてくれた。
「やっぱり」
 郷田は納得顔で頷いている。
「でもさ、ユーカって歌手引退したじゃん」
 馬場がそう言ってきた。
「残ってる曲、もったいなくね? 作曲家より、安達ならシンガーソングライターでやってけるだろ。ルックスもいいし。ほら、俺たちただの校内バンドだからさ、デビューがどうとか考えてないし。音楽の方向性とかそんなの後回しでさ。試しで気楽に自分の歌、歌ってみるにはちょうどいいじゃん」
「いや、えっと、えっと……」

 マジで、ごめん光……。
 こんな展開になるとは思わなかった……。
「あー、まあ、ちょっと急だったし、今日返事くれとは言わないよ。考えといてくれる?」
「あああ、あの、えーっと」
「断るなら断るで、もうちょっと考えてからにしてみてよ。いい返事、期待してるから」
「………………」
 郷田の言葉は即拒否を上手い具合に拒んでくる。
「先輩」
 そこへ声を投げ入れたのは要だ。
 光ははじかれた様にぱっと後ろの要を振り返る。
 要は光の横へと立ち、光の肩に手を回した。

「先輩、せっかくですけど、無理だと思います」
「……君は?」
「同室の、萩迫要です」
「ふーん、同室、かぁ」
 郷田の視線は光の肩に置かれた要の手にいっている。
 要もむしろ、注目させようと思ってやってるに違いない。
「バンドって結構練習時間とかかかるでしょう? こいつ家から成績落とさないよう結構言われてて。そういう暇、ないんですよ」
「……曲作る暇はあっても?」
「それも、去年までの話ですよ」
「ユーカが引退しちゃってからは、同じく引退したってこと?」
「ええ」
「………………」

 郷田は一瞬何かを考えるように黙り込んだ。
 それから、ふっと表情を和らげて笑う。
「そうか。じゃあ急に言われても、びっくりしただけだよな」
 なんか、胡散臭い笑顔すぎて駄目だ俺。
「…………」
「………………」
 光も要も、黙っている。
「うん。じゃあ今日のところは引き上げる。でも、ちょっとは考えてくれな」
「……えっと」
「君の同室の萩迫君の意見は聞いたけど、君自身の意見はまだ聞いてないし。本心も知りたいし」
「…………」
「じゃ、今日は急に悪かったね。勉強、頑張って」
 そう言って、郷田は仲間に合図をし、背を向けて歩き出す。
 残りの3人も、じゃあとか、またなとか、次を期待する言葉を残してその後に付いていった。

「……………………だから、警戒しろっつったろ」
 疲れきった声で呟く要は光の肩に手を置いたままだ。
「そ、そだね……」
「光、ごめんマジで」
「だ、大丈夫。とと、とりあえず、ごまかせたし。うん、なんとかなるよ」
 そんな風にフォローを入れてくれた光の顔が結構引きつっているのを見て俺は、なんかもう煮るなり焼くなり好きにしてくださいと思ってしまった。