59<落書き>

「………………なんか、机、シンナー臭いんだけど」
 登校した直後俺が口にした言葉に、おはよーと不自然なくらい笑顔だった光の表情が固まり、それに気付いた要がぎくっと動きを止めた。
「そそそ、そうかな!? 気のせいじゃない!?」
 完全にどもってるし。
 光の嘘は簡単で、見破るのが楽過ぎる。
「あー……」
 この流れ、覚えがある。
 中学の時に嫌がらせで机に落書きされた子がいて、その子と仲のいい友達が、その子が登校してくる前に一生懸命消してたのが記憶に蘇る。
 まさしく、それだ。

「なんか、落書き? 消してくれたのか?」
「えっ、いや! そんなの!」
「な、何言ってんだ夏樹」
 二人は必死にポーカーフェイスを装っている。けど。
「ごめん、ありがとう。気ぃ使ってくれたんだろ」
「えぇぇぇぇ、なんで分かるの……」
 光がすぐに観念した。
「分かるよ。匂いも相当だし、光は嘘すぐ分かる」
「ええええ」

「それに宣戦布告はもうされたし。何かあるだろうなーとは思って来たから今日」
「た、たくましいね、なっちゃん」
「頼もしいな……」
「おう」
 二人の呟きに俺は笑顔で答えた。
 こういうのはビクビクしてる方が面白がられるんだから、堂々としてればいいんだって。

「ごめんね……。油性マジックだったから、先生に除光液借りて消したんだ……。匂い、キツい? 僕ら最初は鼻つんつんしたんだけど、もう分かんなくなっちゃって……」
「いやこっちがごめんだって。俺のせいで、面倒なことさせて……」
「いいよ! 友達だもん!」
「………………」
 転校したてなのに、すげえ友達がいのある二人と友達になれた俺は、もの凄い恵まれてるに違いない。
 たとえ今はいっぱい色んな奴を敵に回してても。

「ありがとな。俺も二人がいるから笑ってられるってのはあるよ」
「そ、そう? 僕何にもしてないけどな……」
「朝っぱらから油性マジックの落書き落としてくれた奴が何言ってんだ」
 ぽんぽんと光の肩に手を置いて俺は席に座った。
 それからふと思い至る。
「そうだ、今日のは親衛隊のしわざかどうか聞いてやろう」
「えっ、どういうこと!?」
 俺につられて前の自分の席に後ろ向きに座った光がハテナ顔になった。
 俺はポケットから携帯を取り出して画面を操作し始める。

「いやちょっとな。なんか親衛隊仕切ってるっぽい奴と連絡先交換するハメになってさ」
「えええええ!!」
「な、何やってんだお前!?」
 二人はそれぞれに思いっきり反応する。
「まあ上手く丸め込まれただけなんだけど。俺の弱点探したいとかいう目的らしくて。そんならこっちだって利用してやろうと思ってさ」
「え、え、え、す、凄いバトルがもしかしていつの間にか勃発してたの!?」
「まあな」

 メッセージ文をどうしようか一瞬考えて、まず最初から証拠もなしに疑うのは相手を有利にさせるだけなので止めることにする。
「……うーん、お前らかーって聞くのも癪だしなー。あぁ、愚痴にしよう。仲良くしたいっつってたもんな。俺からも歩み寄ってやろう」
「な、なんか、なっちゃん余裕だね……」
「いや正直ちょっと楽しくなってきた」
「ええええ」
「俺だって奴らの思い通りになってやるつもりはないし。相手に一泡ふかせてやれるなら楽しいじゃん?」
「……まあ、そういう視点で見れば」
「絶対長期戦だろうからな。楽しむ余裕くらいないと」

 とりあえず、文章をちゃっちゃか打ち始める。
 ――学校行ったら机に落書きされてたみたいなんだけど、誰がやったとか、親衛隊には情報って入ったりしないもん? 友達がわざわざ消してくれたみたいでさ、迷惑かかるから二度とすんなって直接言ってやりたくて。
「……おぉおー。俺って文章にすれば捻くれた嫌味も思いつくんじゃねえか」
「夏樹、ほんとに楽しそうだな……」
 要が半分呆れたように呟いた。

「楽しまなきゃやってられるか」
 呟いて送信ボタンを押す。
「あんまり……、挑発しすぎるなよ。ほどほどにな」
「ほどほどって、微妙だな」
「ニュアンスが伝わればいい」
「あー、うん。まあ、そうだな。……気は付ける」
「…………とりあえず、信用しとくか」

 要がそう結論付けたと同時に、チャイムが鳴る。予鈴だ。
「うわ。もうこんな時間か。夏樹、お前今日の昼はまだ買ってないだろ?」
「え? あぁ。購買で買うか……、まあ、大丈夫そうなら食堂でもいいかと思って。二人も食堂の方がいいよな? 昨日も一昨日も購買で……」
「いやいいんだ。そうじゃなくて」
 要は俺の言葉を遮ってきた。
「何?」
「さっきな、会長が来て」
「………………」
 思わず、無言になる。

 何だ!? 何しに来たんだ!?
「あぁ、廊下に呼び出されて話したから、らくがきのことは知らないから。世話焼かれるの嫌がるかと思って話さなかった。それで」
 俺の頭はポーカーフェイスの裏側で色々とフル回転し始める。
 一番あってほしくないのは、昨日のやりとりをばらされること。
 つまり、付き合うことにしたってことをこの二人に知られることだ。
 いやいつか話すつもりだけど、あんだけぎゃあぎゃあ有り得ないと騒いでいた手前、心の準備が欲しいというか……。

 とにかく! それを話しに来たんであったら、昨日、俺の心の準備を待つって言ったあの言葉はどうなる!? ない。ないはずだよな?
 だって高嶺は納得してた。最大の関門は突破したから焦る必要はないって。
「……それで?」
 声が裏返らないよう、努めて冷静に聞く。
「昼休みな、飯はこっちで用意するから、チャイムなったらすぐ生徒会室に来いって、伝言」
「…………はあ?」
 つい、聞き返す言葉を発してしまった。

「何か、話があるとか何とか。昨日の話って結局終わってなかったのか?」
「…………あー、……まー、……完全には、終わってないかと」
 俺は適当に嘘をついた。
「そうか。それでか」
「え、何が?」
「いや、夏樹がさ、嫌がって行かない可能性も考えたから、伝言は伝えますがちゃんと行くかどうか分かりませんって言ったんだ。そしたら、絶対行くって言うから心配いらないって」
「………………あぁ、そう」
 そりゃ付き合うことになった相手に飯一緒に食おうって誘われて嫌がる道理もないわけで。

「そうか。話がまだ終わってなかったのか。一体何を話してんだ?」
 要は高嶺の言葉を勝手に解釈したらしく、俺はそれに合わせてしまうことにする。
「いやまあ、親衛隊関連の問題で、色々と」
「そうだよな。ちょっと話したくらいじゃ解決策なんて見つからないよな。こうなった以上、会長の爆弾発言もただ取り消せばいいってもんじゃないし……」
 要は真剣に悩んでくれている。
「いや、まあ何とかなるだろうし、心配すんなって」
「ねえなっちゃん、会長って絶対なしなの? 有り得ないの?」
 突然光がそんなことを聞いてきた。
「えっ」
「いいと思うけどなあ。かっこいいし。頼りになるし。ちょっと恐れ多くて怖いけど、なっちゃんには真剣っぽいし。全く駄目? 論外?」
「な、何が」
「もしちょっとでも有りなら、付き合ってみちゃえば回りも諦めるんじゃないかなあ。あ、でもなっちゃんノーマルなんだよね。ごめん、僕の価値観でモノ言ったね今……」
「あー……ははは、は」

 笑うしかない。
「まあ、適当に考えとくよ……」
「お。なんかいつになく柔軟な返事だな」
「そ、そうか? あぁ、それより、ありがとうな。伝言預かってくれて」
 俺は無理矢理話題を逸らした。
 そういえば、俺高嶺とアドレス交換をしてない。
 だから伝言なんてことになったんだ。昼会ったら即行で教えないと。
 二人と高嶺がやたら接触したら、それだけ俺たちのことがバレる可能性上がるんだし。
「いやまあ、大丈夫」

 要が答えた直後くらいに教室の前の方から樫村先生の声が響く。
 席に着けー、という言葉に促されるように要は自分の席に戻り、光は慌てて前を向いた。
「……昼、か」
 うわ、やべえ。……なんか、マジで照れてきた気が。
 もう、どうしたらいいのかさっぱりだ……。