60<応>

「意味分かんねえから! マジで!」
 俺は叫んだ。

「何言ってんの!? 意味なら十分あるよ! なっちゃんを一人にさせるわけにいかないから!」
 同じくらいの勢いで、光も叫んできた。
 時は移って昼休みになってすぐのこと。
「いやいやいや! 生徒会室行くくらい、そんな移動くらい一人で大丈夫だって……!」
 負けてはいられない。
 というのも、こともあろうに、光が生徒会室まで俺を送り届けるなんて言ってきたことによっている。
 周りが俺への反発を具体的に表面化させてきたから、校内で一人にさせたくないという心配をしてくれているらしいが、申し訳ないけど俺は冗談じゃなかった。
 高嶺に会いに行くのに光と要に送り届けられるなんて、俺はどんな顔してその道のりを耐えればいいんだ!?

「あのね! なっちゃん! ちょっと本当に、自分の立場が分かってないよ!」
 でも光も負ける気がないらしい。
「ほんとに深刻なんだから! 一人で歩いてて絡まれて物陰に引き込まれるなんて本当に結構あるんだからうちは! それこそ生徒会長に告白されてない子だって!」
「いや待て大声で言うなそれを!」
 昼休みになって、皆昼食を取りに出かけたとはいえ、持参の弁当を広げてるグループもあったし、まだ教室に残っている奴もいる。
 そんな中でんなこと言ったら、騒動の中心にいる俺の立場を周りが再認識するじゃないか。

「ってかなっちゃんが一番自覚してない! もう!」
 光は嘆息して頭に手をやった。
 昼休みの間に、どうやら落書きは昨日の夜遅くから朝にかけてされたもので、クラスに実行犯はおそらくいないだろうということで結論が出た。
 光と要が登校してきた段階で既にその落書きはあって、何人かがそれを遠巻きにして、どうしたもんかと頭を悩ませてたらしい。
 光が問いただすと、見つけたのは最初に登校してきた奴で、朝来たらもうあったという。
 俺はまだあんまりクラスの奴と仲良くなっていないけど、光も要も、その第一発見者は容疑者から外していいと言うから、そうなんだろう。

「……いやあのさ、自覚はしてるけど。でも人通りの多い廊下をすたすたーって歩いてくだけで誰にさらわれるっつーんだよ」
「いや、さらわれるのは最悪のパターンだけど! なんかされたりするかも! 押されたり足ひっかけられたり、悪口言われたり悪口の紙貼られたり!」
「別に悪口くらいいいって……。なんかされてもやり返さずに通り過ぎるから」
「そんなの僕らが嫌だ! 心配する!」
「あのなあ」
 どう言ったもんかと悩みかけたところへ、要がぽんと肩に手を置いてきた。

「夏樹、こうなったら光は引かないって。別に付いてくくらい問題があるわけじゃないし、部屋の中まで入ろうとか言うわけじゃないんだし、譲ってやってくれよ。光もそれで気が治まるんだ」
「いや、あの……」
 部屋に入る時に高嶺が出迎えてきたらどうしようとか、そん時に何か変なこと言わないだろうかとか、昨日のやりとりを勘付かせるようなしぐさをしないだろうかとか、問題はいっぱいあるが、詰まる所杞憂に終わるかもしれない可能性ではある。
 扉の前まで送ってもらってじゃあ、と別れればそれで万事は事なきを得るかもしれなかったりする。

「でも……」
 でも、もし高嶺とこの二人が鉢合わせしたら、その場にいる俺としてはいつも通りの反応ができるか分からない。
 いつも通りってのはつまり、高嶺ウザイふざけんな近寄るな馬鹿等々の罵詈雑言を浴びせかけることだ。
 さすがにそれはな……って思う。
 高嶺が可哀想だ。
 付き合いはじめたばかりの相手に、付き合っていることを隠す為とはいえ、いきなり悪口まくしたてられたら落ち込むだろう。
 間違いなく。
 ……でもやらなきゃ不思議がられるし、勘繰られるだろう。

「っあー! くそ!」
 はいはいはい!
 俺が覚悟を決めればいいだけの話ですよね! そうですよね!
「ったく、なんでこう、しち面倒くさい状況になるかなー」
 仕方なくOKを出そうとしたところだった。
「佐倉、俺、ちょうど用事あるし、ついでに送ろうか?」
 そんな声が真横からした。
「……え」
 小野寺だった。

 イヤホンはしていない。
 机の上を整理して何かレポートのようなものをトントンとまとめている。
「レポート出しに行く用事があるから。生徒会室近いし、ついでなら、佐倉も申し訳ないなんて思わないんだろ?」
「……あ、ああ」
「ほんと!? でらちゃん!」
 目を輝かせる光。
 俺が同行されることを渋っている理由を、用もないのにわざわざ送ってもらうなんて申し訳ないからだと思っている三人を前に、俺は咄嗟に否が言えない。
「なんか、もめてるみたいだし。いいよ。ついでだから」
「うわぁありがとう! ね! なっちゃん! ついでに送ってもらいなよ! あぁ送ってもらうってのが嫌ならでらちゃんに付いて行って!」
「……お、おぅ」

 否どころか、応としか答えられなかった俺は、高嶺と鉢合わせするなら光たちより小野寺の方がいくらか何とかなりそうな気がして少しほっとした。