62<素朴>

「よ、来たか」
 小野寺と扉の前で別れて一度深呼吸し、覚悟を決めてノックすることしばし。
 高嶺が開けた扉の向こうから顔を覗かせ、そんな風に言った。
「……おう」
 俺は何気ない風を精一杯装って返事をする。
「ちょうど飯も来たところだ。タイミングいいな」
「飯が来た?」
 そういえば飯は用意するって要から伝言聞いた気がすると思いながら中に入ると、なんかいい匂いがした。

「…………あれ、これ」
「気付いたか? こっちだ」
 高嶺に案内されるまま歩いてくと、これまたさり気なく高そうなデザインのついたての奥に。
 ここはどこぞの宮廷かと問いたくなる食卓テーブルのセットが置いてあって。しかも白いカーテンの窓際。
「……なんか、こういうの実際始めて見たぞ」
 半球になってる銀色の蓋が乗っかった皿がいくつか。
「冷めるから被せたまんまにしてたんだけど、さっきちょっと覗いてみようと思って開けたんだ。匂いで分かるか?」
「……に、煮込みハンバーグ?」
 俺は答えた。

「そう、正解」
 にっと笑って高嶺は蓋を開けた。
 とたん強く香ってくる煮込みハンバーグのおいしそうな匂い。
 目の前には、想像してみたのと寸分違わない、いや寧ろ想像したよりおいしそうに見えるシェフの煮込みハンバーグが当然のように鎮座していた。
「………………」
「初日に食堂でこれ食ってえらい感動してたろ。俺のせいで最近食堂に出入りできてないって聞いてさ。これにした」
「……こ、これにしたって……なんで、ここに」
 思わず固まってしまう俺。

「生徒会室と教職員の応接室と理事長室だけな。特別に料理を運んでもらえるんだ」
「な、なんで……」
「そういう決まり。特権ってやつだ。生徒会メンバーはどの年のメンバーも例外なく、食堂じゃゆっくり食事できないからな。他の生徒の視線に晒されて」
「………………」
 そういえば、高嶺が食堂に来た時の周りの反応は、結構、凄かった。
 どこぞのアイドルタレントでもやってきたかと思えるくらいには。
「そういうわけだ。食べるぞ。座れ」
「………………」
 促されるまま、よろよろと俺は席に着く。
 高嶺が椅子をひいてくれたりしたのには途中でびっくりした。

「お前は楽しいなぁ」
「ふ、普通されるとは思わねぇよっ」
「レディーファーストは基本だろ。まぁ、お前は男だけど、この場合は恋人として、お前は俺にしてもらう権利がある」
「……それは俺側からも同じ理屈が言えるんじゃないのか」
「まぁな」
 高嶺はあっさり認めるとにっと笑って自分でさっさと席に着いた。
 残りの蓋をとって横に置いてあるワゴンに乗せていく。
 ライスもスープも食堂で食べたのそのまんまだ。
「ってか、高校生カップルが何をそんな背伸びしなきゃなんないんだ」
「……カップルっつったか?」
「え、あ、いや」
「いやー、お前の口から自然にそんな単語が出てくるなんて、恋人冥利に尽きるなぁ」
「………………」

 この阿呆は放っておこうと俺は顔を引きつらせて口を閉じた。
「いい傾向だ。その調子でどんどん慣れてってくれ。さ、食うか」
 高嶺はなんか嬉しそうにナイフとフォークを取ってハンバーグを切り始める。俺もそれにならって食べることにした。
「ありがとな……。俺、これ、好きだよ。結構半端なく」
「お、そうか。よし、好感度はアップしたものと見た」
「あはは、アップしたした」
 高嶺が嬉しそうに笑うもんだから俺も気軽に肯定する。

 で、何口か口にほおばった後、切り出した。
「……で、話って何?」
「ん? 何でもいいぞ」
「…………ぇえ?」
 意味が良く理解できなかった俺は首をひねって眉間にしわをよせる。
「別にお前と話ができれば話題は何だっていいんだ。でも正直にお前の友達に言うとややこしいだろうから、単に話があるって伝言してもらった」
「……あ、そう」
「何だよ、そのアッサリした態度は」
「いや別に……」

 高嶺の不服そうな顔を見るに、どうやら俺の反応は予想外だったらしい。
「いや、なんか、……うん。そうか。別に全然いいんだけどな。うん、そういうもんだよな」
「何言ってるんだ?」
「いやいや、なんか、本気で何か話し合いすんのかなーとか思ってたりしたから、気が抜けたっつーか……。いやでも、一緒に飯食いたいってのは、うん、有り。こーゆー素朴な気持ちがいいよな」
「……何言ってんの?」
「あ、忘れて。いいから」
 小野寺が言った、男は結構押し倒す想像で頭いっぱいってのが、俺的には衝撃だったんだ。
 その後だから余計、一緒に飯、っていう感情の素朴さがなんか、すげぇ暖かく感じる。

「なんかあったのか?」
「ないって。いや、お前でもこういう純粋っぽい恋愛感情はあるんだなぁと」
「お前俺を野獣か何かだと思ってないか」
「似たようなもんだろ」
「よし、襲えって言ってるものと見なす」
「は? えっ」
「ははは、冗談だって。今は飯が優先」
 今は?
 不穏な言葉にぴくりと左の眉が反応したけど、指摘するともっと危険な気がしたのでそのまま聞き流すことにする。
「ここは他に人の目はないし。こういうとこでもないと、落ち着かないだろ」
「………………」

 何となく、分かった。
 高嶺は、今の俺の学校での立場や状況を気にして、俺をここでの飯にさそってくれたんだろう。
 確かにひと目を避けるったって限度があるし、それに光と要をつき合わせるのも悪い気がしてた。
 それにあいつらはカップルだし、俺が転校してくる前までは二人っきりで飯食ってたんだから、この状況はたぶん、いいと思う。
「……他のメンバーは?」
「どっかで飯食ってると思うぞ。普段からここじゃ皆食ってないし。トモは……相葉副会長はたまにここにいるけど、今日は是非遠慮するってさ」
「あ、そう……」
「彰はそう言うトモに引っ張ってかれてたし、大丈夫だろ」
 瑠璃川先輩と福神先輩は確か中庭で食べてるっつってたしな……。
 それなら本当にここは二人きりなんだろう。

「そういえば、相葉副会長のことトモって呼び捨てにしてるけど、あの人三年だろ? どういう関係? たまにトモ兄とか言ってるし」
「あぁ、従兄弟だよ。嫁に行った伯母さんの方のだから名字違うけど。で彰は幼馴染でな、小さい時からのクセで俺たちだけトモとかトモ兄とか呼んでるんだ」
「へぇ、そうなんだ」
 相葉副会長と宮野副会長の意外な関係をここにきて知らされ、……はしたけど、特に驚愕の事実ってわけでもなく、話はそこで終わる。

「………………」
 な、なんか話題はないかと焦りだした時だった。

  ぶぶぶ。
「………………あ」
 メッセージ受信のバイブが鳴った。