64<気持ち>

 眼鏡を外される。
「た……かみ、ね」
 呟く合間にそろっと目を開けると、すぐ近くに高嶺の綺麗な目があって。
 引き込まれるような感覚に誘導されて、唇を薄く開いた。
「……ン、ぅ」
 どうしよう。
 どこまで続くんだろう。
 流されていくことを決めさえすれば、どこまでも行ってしまいそうな気がする。
 だって今まで全部、俺がストップかけてたんだ。

「なつき」
 高嶺の、低い、掠れかかった声。
「……たか、み」
「しんや、って……呼べよ……」
「……ふ」
 ちょっと、息がもれた。
 おかしくて。
「おまえ……かわいーな……」
「…………」
 ぴたっと高嶺の動きが止まる。
「どの口が言ってんだコラ」
「ぅひぇっ」
 いかにも間抜けな声が出る。
 耳を甘噛みされて思わず身を引いたら後ろの壁に頭をぶつけた。

「う、ぅー……」
「何やってんだ馬鹿」
 高嶺にぶつけたところを撫でられて、我ながらあまりの甘ったるさに目眩がしそうになった。
「あぁ……なんかもう、どうでもいいや……」
「あ?」
「も、お前が嬉しいことなら、何でもいい……好きにしたらいいよもう……」
 つい口走った俺の顔を高嶺は何度も瞬きしながら見た。

「…………お前、それは……、どーゆー」
「分かんねーならいーよ」
「……はぁああ~」
「え?」
 高嶺が盛大なため息をついた。
「今……っ、なんで今なんだ……昼休みもう半分切ってんだぞ……」
「……あぁ、そうなんだ」
「そうなんだじゃねえよ……、くそ、時間無制限の時にそういう発言はしてくれ」
「……あはは」
 なんかホントに悔しそうな高嶺を見ると、やっぱ可愛いと思うんだけどな。
 名前で呼んで欲しいとかそういう、なんか単純な気持ちを持ってる高嶺は可愛いと思う。
 整った目鼻立ちでクールな見た目とのギャップも相まって特に。

「慎也」
「……っちょ、何だよ」
「呼べって言うから」
「………………」
 あ、やばい。と思った時には後ろ髪を鷲づかみにされていた。
「んぅうっ」
 激しすぎる。なんかもう、キスっつーか食われてるっつーか、どっちだか判断つかなくなって、あぁそう、むさぼられてるんだと言葉を思いついた時には酸欠のせいか頭がぐるぐる回るようになっていた。

「ふ……ぅ、んぅ」
 ちょ、ちょっと切羽詰ってきた。
 視界が歪んでて、目が熱い。涙目になってんのが自分でもよく分かる。どうしろって言うんだ、どうしたらいいんだこれ。
「夏樹……、凄ぇ顔」
 顔が凄いって何なんだよ!?
「っか、みね」
「あれ、もう慎也じゃねえの……?」
 余裕の笑みでそう耳元に囁いてくる高嶺。
 駄目だ、完全に遊ばれ返されてる……!

「う……っく」
 高嶺の舌が首筋を通ってゆっくり降りてって。
 鎖骨の辺りに来たのに気付いて、いつの間にか胸元をくつろげられてたことを知る。
「……、ちょ……まて」
「駄目だ。……刻む」
「ちょっ、……っァ」
 よく分からない感覚が走って、体が震えた。
 ……痛かったのか、そうじゃなかったのか、もう考える余裕がない。

「……今、自分のカオ、自覚してんのか」
「え……」
「素直過ぎる表情も、俺の前だけにしろよ……」
「……?」
 高嶺はそろっと目許にキスをしてきた。
「ほら。いちいちびくびくして。お前が俺に可愛いなんて言うのは100年早ぇ」
「…………」
 自分は言いまくるくせに、俺に言われるのは気にするらしい。
「それ、よけい可愛いだろ……」
「ああ?」
「…………」
 仕返しを受ける覚悟がなかった俺は無言で首をふった。

「……無理すんな」
「え」
 高嶺は髪をすいてきた。
「付き合うことになった当日にセックスなんてありえねぇって泣いた奴が、次の日になってできるようになるわけないだろ? 俺のことじゃなくて自分のこと考えろバカ」
「…………」
「俺の好きにしていいなんて発言は、ほんとに覚悟が決まってからだ」
「……高嶺」
「でないと俺、次は理性持たねーぞ。昼休みの残り時間なんて完全無視するからな」
 そんなことを言いながら高嶺はまた首筋を舐めてくる。俺は高嶺の耳にこっそり囁いた。
「お前……、カッコ良すぎるよ……」
「惚れ直すだろ」
「バカ」

 何やってんだろうなって思う。
 こういう感情は、初体験だ。
 今まで経験してきたと思ってた恋愛って何だったんだろうか。
 彼女はこう扱うべきだとか、デートはどんな風にするべきかとか、どれくらいたてば先に進んでいいのかとか、……なんか全部、一般論のマニュアル通りの恋愛しかしてなかった気がする。いや、そんなの恋愛ですらないかもしれない。
 今までは、姉ちゃんに教えてもらったものも含めて全部、外からの考えで動いてた。
 こんな、自分の中から気持ちが生まれることなんてなかったんだ。
 怖いくせに、高嶺の好きにされてもいいなんて思ってしまった。
 そんな気持ちが自然に出てくるのが、本当の恋愛なのかもしれない。

「……す、ごい……いきおい……だよ、な」
 荒い息の合間にそう告げる。
「なにが?」
 高嶺は顔をあげて、唇を優しく噛んできた。
「…………ん、……告白、されて……、さ」
 舐められたり、甘噛みされたり、喋りにくいなかで、ちょっとずつ話す。
「ぜったいムリって……、おもったのに」
「……うん」
「つぎのひ、……オーケーして……、さ」
 高嶺は俺の唇で遊びながら、目で話の先を促してくる。
「……で、今日……、もぅ、こんな好きになってる……」
「………………」
 
 高嶺が固まった。
「……あ、ごめん。……頭ふわふわして、……なんかすげぇこと言った俺」
 つい。
 さっきから、つい、で俺はすごい爆弾発言を投下していってる気がする。
「夏樹」
「な、何」
「飯の残り、諦めてくれな」
「え?」
「いちゃいちゃして終われる気分じゃなくなった。俺が暴走して無茶する前に、できる体になってもらうから」
「……は? え!?」
 白いカーテンが視界の端で大きくなびいた。