67<最後>

「もったいないなー」
 テーブルの上に残った食べかけのハンバーグを見て俺は呟いた。
 手は制服を着なおすのに忙しい。
 高嶺のハンバーグはもうなかったけど、好きなものを最後に食べる派の俺のハンバーグは悲しいことに、まだ少し残っている。
 気が付いたら5限開始まで10分をかるく切っていて、実は移動教室だったりするので急がないとやばい。
「サボって食うか?」
「……あー、サボることに関しては別に真面目ってわけでもないから全然いいけど、生徒会室に行ったまま5限サボったら超変な想像されるから嫌だ」
「まぁ、そうだろうな」
「お前に無理矢理押し倒されて色々されたんじゃないかって心配する奴がいるんだよ、すごく」
「あぁ、あの小さいワンコみたいな奴な。ま、この状況で心配してくれる友達がいるのは俺も安心だ」

 俺は制服のしわをなんとか誤魔化そうとしながら沈黙した。
 朝の落書きのことは言わない。
 俺はその落書きを直接見なかったし、暴力に結びつく性質のものでもないし、そう決めている。
 心配させるだけだ。
「じゃ、行くな」
「あぁ」
「お前は?」
「五限開始の5分前になったらこの食器とか引き取りに来るんだ。それの対応してから行く」
「そっか」

 実は光みたいに教室まで送るとかゴネたらどうしようとか思ってた。
「一緒に堂々と歩くには時期尚早だからな。親衛隊を刺激するのも避けたいし。余所見をせずに一心不乱にまっすぐ帰れよ。その友達のところに」
「………………あ、あぁ」
 違う心配のされ方はしてるみたいだけども。
「てか、一心不乱て」
「つべこべ言わずにそうしろ」
「はいはい」
 俺が二度返事をすると高嶺は疑わしそうな視線をなげてよこしてきたが、とりあえず納得したようだった。

「んじゃ」
「おう」
 生徒会室の重ための扉を開けて、入り口まで見送りに来た高嶺にちらっと視線を向けて手をひらひらと振る。
 で、扉を閉めてからはっとして辺りを見回した。
 んな入り口でバイバイとかしてんのを誰かに見られたらまた変な噂が立ちかねない。昨日あれだけ教室で超否定したのに、次の日普通に仲良さげにしてたことが知れたら、どうんなことになるかなんて、想像するのも願い下げだ。
「……いないか」
 とりあえず廊下はシンとしていて、誰もいない。
「っぶねーな……うおっ」
 いきなりポケットから振動がして俺は思わずびくついた。
 なんだこのタイミング! びびらせんなっつの!

「………………げ」
 画面を開くと、通知の原因は篠原だった。
「無視したんじゃねーのかよ……」
 歩きながら中身を開く。
「………………おいおい」
 思わずツッコミを入れてしまった。
 ――それは災難だったね。でもそんなつまらないことでいちいち連絡しないでくれるかな。犯人探しは自分でどうぞ。ちなみに、僕ならそんな能のない嫌がらせじゃなくて、もっと頭使って手の込んだことやるよ。
「……ストレートに言い切りやがったな」
 せっかく対抗して捻りを効かせた文面を送ってやったっつーのに。
 ってか、何気に嫌がらせ宣言されてる気がするんですがね。

「………………」
 何か返信してやろうかとも思ったけど、着信早々返信するのも何だかなと思って俺はそのまま画面を閉じた。
 あぁそうだ、一心不乱にするのを忘れてた。
「…………」
 生徒会室のある廊下を離れ、一年の教室に近付いてくると、廊下にちらほらと生徒がいる。
 皆遠巻きにしているものの、確実に視線はこっちに向いていた。
 そうか、行きは小野寺と一緒で、話に夢中になってたから気づかなかったのか。
 敵意という程じゃないにしろ、それなりの……何だ? 悪意? いや、そんな大層なもんでもない気がする。ひそひそと、小声は聞こえてきた。

 なんであんな奴が、とか。
 どうやって取り入ったんだ、とか。
 髪型キモイ、とか……。
 ……うっせえな! 俺だって好きでこんなうっとおしい髪の毛してんじゃないっつーの!
 できれば大声で主張したいところだったりする。
 でも我慢だ。刺激はよくねぇ……。
 あ? 眼鏡の黒縁がセンスないって? 縁無しじゃ顔ほとんど隠れねぇだろーがくっそぉ。

「ホントに、一心不乱、もっと修行しねぇと……」
 周囲の雑音が目に入らないくらいには。
 高嶺、俺はやるぜ。
 こんなイラつく雑音なんかさらっと流し切ってやる。
「あーもー」
 なんか投げやり的にテンションが上がってきた時だった。
「あ……れ」
 見えてきた教室から、見覚えのある、なんか警戒心が湧き出てくる姿が……。
「……あ」

 昨日の三年だ。
 光たちの部屋まで訪ねてきた奴ら。リーダー格らしい、ご、ご……、そう、郷田と、なんだ、馬場だか木島だかどっちか忘れたけどもう一人。
「………………」
 俺は何気ないふりしてすれ違う。
 光の連れだと気付かれて声をかけられでもしたら面倒だ。なるべくこいつらの前では喋りたくない。
「……となしく言う事聞いとけっつーんだよなぁ」
「…………」
 すれ違う瞬間に、話していた会話が耳に入ってきた。

「………………」
 無言で、教室に入ってまっすぐ光たちのところへ向かう。
「……あ、なっちゃん、お帰り」
 要に何か話しかけられながら俯いていた光がぱっと顔をあげてそう話しかけてきた。
「ただいま。あいつらまた?」
「え?」
「今そこですれ違った」
 簡潔に説明すると、光は困ったような笑顔を返してくる。
「うん、そう。また。早く諦めてくれるといいんだけどな……」
「ハッキリ断ってんのに上手いこと流しやがるんだ。三年じゃなかったらこっちももうちょっと強く言えんだけど……」

 うんざりした様子で要はため息をつく。
「…………あの、さ」
 自然に声が出た。
「もう、バラすわ。あの歌俺だって。そしたらこんな、学校中敵に回してる地味な奴なんかボーカルに誘おうなんて思わな」
「だっ、ダメだよ!」
「え?」
 話の途中で光が声を上げた。
「なっちゃん、今自分の立場が微妙だって分かってるっ? ユーカちゃんのこと広めちゃいけないのに、そんな、弱みを明かすようなことしたら、どこでどう広まって利用されるか分かんないよ」
「いや、でも、これ以上……」
「夏樹、俺も、今は特にやめた方がいいと思う」
 要にまで言われて、俺は反論を口ごもらせてしまった。

「だってもし親衛隊の人たちになっちゃんとユーカちゃんが双子だって知られたら、色々詮索されないわけがないよ。相手はなっちゃんの弱味探しまくってるんだから、絶対嫌な風に利用される。あの先輩たち、歌の主が今噂のなっちゃんだって知ったら絶対吹聴しそうだもん」
「…………でも、弱味ってわけじゃねぇし……。最悪、ユーカがもういないことさえバレなきゃ問題は」
「嫌なの!」
 光が突然大声を出し、教室にまだ何人か残ってた奴らが皆びっくりして振り返り、視線の先に俺を見つけて気まずそうに目をそらして移動の準備に戻っていく。

「……なっちゃんが事故のこと色々掘り返されて嫌な思いするの、僕が嫌だ。要だってそうだよ。その為なら先輩のしつこい勧誘くらい、無理ですって言い続けるだけなんだから楽勝だよ」
「…………いや、でもな」
「夏樹。俺も同じ意見だぞ。ここは大人しく光に甘えとけばいいと思う」
「…………」
「第一、光のわがままでCDにしてもらったのがそもそもの原因なんだから、そこまで気に病むことないさ」
「えー」
 そういうもんか?

「ほんと、なっちゃんは先輩たちの前で声出さないよう黙ってるだけでいいの」
「…………うー、ん、……あ、あー」
「ほら、そろそろ移動しなきゃ! 僕教室の鍵係りだから閉めるよ!」
 昨日の件のせいで、しばらくは自分の持ち物を守る為にも移動教室の間は教室に鍵を掛けることしてもらったらしい。
 前の学校じゃ当たり前だったけど、この金持ち学校はそもそも盗難がほとんどないから普段は教室に鍵はかけないらしい。
「……分かった、じゃあ、もうしばらくは甘える。……でも、しつこかったら最後の手段でバラすからな」
「おっけ。最後、の手段ね」
 最後、にやたら重みを置いて言いながら光はにっこり笑った。