68<お友達>

「………………」
 部屋の前に、人がいる。
「………………」
 五十嵐からの連絡の返信を適当にしながら歩いていた俺は、部屋に結構近付くまでそのことに気付かなかった。
 授業が終わって、昼を全部食べなかったせいで小腹も空いたし、冷蔵庫になんかあったかなーとか考えてた時のことで、俺はちょっと気分がブルーになる。
 なんか面倒くさそうな気しかしない。
「…………えーっと」
 三人、だ。
 光にちょっかいをかけている先輩ではない。
 華奢な感じの、たぶん、1年か2年……。

「佐倉夏樹君ですよね」
「……あぁ、うん」
 中の一人がそう話しかけてくる。前髪を横分けにした奴で、二重がハッキリした目をしている。君付けなんかされて、ちょっと不意を突かれた。
「僕たち、佐倉君に話があって来たんです」
「………………」
 たぶん、俺、思いっきり眉間にしわが寄ってると思う。
「……話って、何。学校じゃ駄目?」
「あんまり人に聞かれたくないので……」
「………………」
 そんな見るからに不安そうなしょぼくれた顔で消え入りそうな主張をしてくれるな!
 俺の中の警戒心が薄れんじゃねぇか!

「えーっと」
 他の二人も軟弱そうな、どっちかといえば綺麗めの、……そうだ、この学校においてはそういう対象として狙われやすそうな雰囲気の、そういうタイプに見える。
 まあ、殴り合いに来たワケでないのは確かそうだ。
「話の内容にもよるけど」
「そんなの、会長のことに決まってます……」
「…………」
 ですよねぇ。
「あー、えーっと、文句言いに来た感じ?」
 誤魔化しても仕方ないのでストレートに尋ねたら、意外にも横分けちゃんは首を横に振った。
「いえ、……その、僕たち、……前に、親衛隊の報復を……受けたことがあって」
「………………」
 俺はさっきからいちいち、相手の言葉に沈黙している気がする。
 だって、予想外すぎるだろう。

「……あー」
 いまいち何の話をしに来たのかが分からない。
 親衛隊の報復を受けた、ってことは、親衛隊が作ってる高嶺指名方式を破って、……自分を抱いてくれと、……つまり好きだと、本気だと、特別にして欲しいと告白した奴ってわけで……。
「それは……、なんつーか、俺には、どうしようも……」
「……どうにかしてもらおうとは思ってません」
「……あぁ、そう」
「諦めたわけじゃないし……、今も会長のことは好きだけど、でも好きだから、会長の気持ちを大事にしたいとも思うんだ……。僕たちの時とは違うから今すぐどうってわけじゃないけど、佐倉君は今、親衛隊とかから目を付けられてるみたいだし……」
「………………」
「君の味方に、僕たちならなれるんじゃないかと思って……」
「…………うわ」

 目の前の存在にびっくりして、思わずそんな声が出た。
「え?」
「あ、いや、悪ぃ。いや、普通さ、立場的に……いや、反感持たれる側だって思ってたからさ。え、味方になりに来てくれたって、マジで?」
「あ、うん」
 そいつは不安そうな顔でこっくりと頷いた。
 後ろの二人も同意見とばかりに切実な目をしている。
「……すげぇ。……ちょっとマジでびっくりするくらい……良い奴?」
 篠原みたいに捻くれた感じの奴もいれば、こんな純水培養みたいな生徒もいるらしい。
 こんなタイプの奴が篠原が仕切る親衛隊に報復を受けたなんて、世の中酷いことが起こるもんだ。

「僕たち、親衛隊がどんな嫌がらせしてくるかとか、結構体験で知ってるから、アドバイスも色々できると思うんだ。それで話をできたらと思って……。急に来られて迷惑かなとも思ったんだけど、もし良かったら、今って時間あったりしないかな?」
「あぁ、大丈夫。立ち話する内容じゃなさそうだもんな」
 カードキーを取り出して、読み取りの機械に通す。
 部屋のドアの鍵がガチャリと鳴った。
「飲み物、ミルクティしかないけどいいか? あとはただのミネラルウォーターぐらいで」
 言いながら振り返ると、後ろにいた一人が、あっと小さく声をあげた。
「だ、大丈夫です、もしキッチンを借りられたら、僕、実家から送ってきた紅茶を持ってきたので……」
「うわ、俺茶菓子とかないんだけど……」

 思わず気恥ずかしくなる。
 やっぱり金持ちの学校ってこういうもんなのか。
 実家から紅茶って……うちの実家がもしまだあって、みんなが生きてたとしても、きっと紅茶は送ってこないぞ。
 たぶん、家で作りすぎて余った料理をテキトーに冷凍にしてとか。
 いや、冷凍便がここに届くのかどうかはこの際置いといて。
「いえ、気を使わないでください、そんなに長居はしないつもりなので……」
「なんか、ごめんな」

 光や要たちを気軽に部屋に入れるのとはまた違う妙な落ち着かなさでもって俺は三人を部屋へあげる。
 台所は自由にと告げ、先にリビングに行っててもらい、とりあえず部屋に鞄を置いて、遅れてリビングへと向かった。

 備え付けみたいな感じでもともと置いてあったティーカップがちょうど四つ。初めてそれを出してきて洗い、そこに赤い紅茶が注がれる頃には三人の簡単な自己紹介は終わっていた。
 最初に話しかけてきた前髪横分けのクッキリ二重の奴は二年で綾瀬。
 紅茶を持ってきた、猫っ毛っぽい髪のやつはその綾瀬の従兄弟で一年の小倉。
 で、もう一人、少し無口でクールな顔立ちの奴は、その小倉と同じクラスの一年で玉置というらしい。

「僕は二年ですけど、敬語とか気を使わないでください。話で聞きました。佐倉くん事故で入院していたせいで1年への編入になったけど、年齢的には僕と同じなんでしょう?」
「あぁ……まあ」
 最初っからタメ口だった手前、二年と分かってからいきなり口調変えるのも変だよなあとか考えていたら、綾瀬からそんなフォローが入って、ますます出来た奴だなぁとかしみじみ思う。
 ローテーブルを挟んで二つあるソファの向こう側に綾瀬と小倉が、こっち側に俺と玉置が座っている。
 会話を主導するのは、やはり二年の綾瀬らしい。
 話をしつつ紅茶を慣れた仕草で飲む姿は妙に様になっている。

「交通事故なんて、大変でしたね。痛みとか、今は大丈夫なんですか?」
「あぁ、普通に運動も出来るよ」
「へえ。後遺症とか、ないんですか?」
「あー、その辺は運がよかったみたいで。落ちた筋力戻すリハビリくらいだったかな」
「そうなんですか。不幸中の幸いですね」
「うん、まあ」
 本当はあんまり事故について触れられたくないってのはあるけど、綾瀬がすげぇさらっと会話の中に織り交ぜてくもんだから、そんなに嫌な気分はしない。

「あ、もしかして紅茶……あんまり好みじゃないですか?」
 ふと、小倉が申し訳なさそうに言葉を挟んできた。
 俺だけが紅茶に手を付けていないことに気付いたらしい。
「いや、大丈夫。ちょっと猫舌なだけだから。飲むよ」
「あぁ、そうなんですか」
 安心するようにほっと息をついて微笑む小倉は本当にお坊ちゃんって感じがする。
 高嶺なんかに惚れなくてももっと似合う奴はいっぱいいるだろうに。
 あぁ、でもこれは、なんつーか、余裕なんだろうな。勝負とかに勝った奴が持ってしまう負けた奴への余裕。……別に俺が勝って小倉たちが負けたとかそういう話じゃないのはよく分かってるけども。

「えーっと、これなんていう紅茶?」
 俺は考えを打ち消すように紅茶のカップを手にとって中を覗き込んだ。
「赤いよな? 俺紅茶ってダージリンとかアールグレイとか、基本の奴ぐらいしか知らないからさ」
「あぁ、それはローズヒップティですよ」
 綾瀬がにこっと微笑んで答えてくれる。
「ローズヒップ? あ、なんか聞いたことあるかも」
 姉ちゃんたちが家でどうのこうの言ってた記憶がある。
「たしか、甘酸っぱい奴?」
 もう冷めただろうと、少し口に含んでみる。
「す……っぱ」
「もしかして苦手でしたか? なんなら蜂蜜を入れると飲みやすいですよ」
「あ、ちゃんと持ってきてます、入れますか?」
「いや、大丈夫、思ったより酸っぱくてびっくりしただけ……、いや、でも美味しいよ。紅茶詳しくないけど、うん、それでも美味しいって思う」
「あぁ、良かったです……」

 小倉は本当、素直で良い奴なんだろうなーとか思う。
 だって俺って、言うなればライバルっていうか、恋敵っていうか、男同士でなんだこの関係とツッコミを入れたくなるような感じはするけど、とにかく恨まれても文句は言えない立場なわけで。
 んなに気ぃ使わなくてもいいのになーとか思う。
 いや、俺が俺だからって言うより、高嶺が好きだからこその態度かもしれないけど。

「……それで、その……親衛隊の報復、って……具体的にどんなの?」
「………………それは」
 今まで快活に会話を続けていたはずの綾瀬がふと言葉を濁す。
 あぁ、いきなり核心に切り込む聞き方はまずかったか。
「今んとこさ、その、仕切ってるらしい篠原って奴に連絡先教えろって迫られたんだけど……、そんなことあったか?」
「……連絡先、は……僕たちの場合、もともと知られてましたから……。会長の指名を受けるには、親衛隊を通さなくてはならなかったので」
「…………あぁ、そうか」
「佐倉君はどう思ってるんですか? 会長のこと」
「えっ、ど、どうって」
 やべえ。動揺は完全に伝わったと見て間違いない。

「会長に、特別だって宣言されて、佐倉君はどうなんですか? 教室で言い合いしてたって噂を聞きましたけど……。佐倉君は断ったんですか?」
「…………え、っと」
 それ、答えなきゃ駄目かな。
「どうなんですか? その答えによって、親衛隊がとってくる行動も変わると思うんです」
「………………」
 俺と高嶺のことは、生徒会のメンバーしか知らないはずだ。
 生徒会の人たちは高嶺の味方だし、言いふらすようなことはないはず。
 気恥ずかしくて、親衛隊たちを刺激しないことを理由に、まだ他には誰にも言ってない。光たちにさえもだ。
 それを、それを、会ったばっかのこいつらに言っていいのか?

「……い、一回……断った、けど」
 そんな風に、言葉が出た。
「高嶺は……諦めねぇって……」
 五十嵐といて、屋上で鉢合わせした時の高嶺の言葉。
 気持ちを落ち着けようと、紅茶を喉に流し込む。
 確かローズなんたらはリラックス効果がどうとか姉ちゃんが言ってた。
「…………そんで、……まぁ、お友達なら……いいか、って感じで……」
 それが精一杯だった。
「お友達? OKしたわけじゃないんですか?」
「……OK、っていうか……、まぁ、お友達から始めましょう的な……」
 遠まわしな断り文句とも、前向きな返答とも取れる曖昧な表現を使う。日本語、万歳。

「……佐倉くん」
 とか思ったのは間違いだった。
「え?」
「会長から距離を置こうとか、そういう考えはないんだ?」
「えっ」
 綾瀬はさっきまでのにこやかな顔をぬぐい去り、明らかに嫌悪の表情を浮かべて睨んできた。
 口をぎゅっとつぐんで恨めしそうな視線を向けてくる小倉と、さっきからの無言と無表情のまま、こっちをじっと見つめてくる玉置。
「…………え」
 俺は早まったかもしれない自分の行動を、ようやく後悔しはじめていた。