71<傷心>

「信じてたーりしーなぁいーけーどー」
 自分でも唐突だなとは思ったけど、暇すぎて、思わず歌でも歌ってみようかという気になる。
「神様とかーゆうーたぁぐーいーのぉー」
 夕香がところどころ歌詞作ってたやつだ。
「おお、きなーいーしーみたぃなーもぉーのぉにー、こーろーがーされーたくーなんーてなぁーぃ」
 信じてたりしないけど、神様とかいう類の、大きな意思みたいなものに、転がされたくなんてない。
 夕香はそんな歌詞を書いてた。
 夕香らしいっちゃらしい。
 自分の力で生きてるって感じがしてたもんな。流されそうになるのを嫌って、転んでたまるもんかとばかりに必死に足を踏ん張らせてたような。
 強がりとはまた別の……、でも人に甘えるのも甘えられるのも苦手な感じだったよな。

「バカじゃないのって言ってるかな」
 もし、天国とかそういうところから今の俺を見たら。
「バカで結構ですよ。どうせバカだし……。あぁ、葉姉ちゃんはそばにいる? 喜べって言っといて。俺、彼氏ができたって」
 萌え~とかっつってぎゃあぎゃあ騒いでるかもしれない。
「……あー、母さんには謝っといて。一人息子なのにさ」
 一応佐倉家の跡取りは俺だったのになあ。末っ子なくせに、長男だから。
「あぁ、そうそう……、彩姉、俺にセクハラで女の子の胸の揉み方教えようとしてたけど、あいつ貧乳通り越して胸真っ平らだよ……あはは」
 いっちばん上の彩香姉ちゃんは何カップか聞くのもためらわれるような巨乳で、よく俺に押し付けたりしてセクハラして遊んでたんだ。だから俺は反動で貧乳好きになったんだと思ってたわけだけども。

「……マジで、さ、俺には……天国から見守ってくれてる家族が、四人もいるのに……、なんで、こんな目に遭うわけさ……。もっとこう、守護霊パワー的な……何か、ないのかよ……」
 いや自分でも無茶言ってるなとは思うけど。
 なんで俺、今一人なんだ……。
 こんななって、薄暗い部屋で、いつになるか分からない助けを待ってるしかないんだよ……。
「………………」
 だって前は、家に誰もいなくなることなんて、ほとんどなかったし……、一人で耐えるなんて……そもそも、育った環境がそんなこと有り得なかった。
「キミはぼーくのえーゆうでーすかぁ」
 夕香の歌が頭をよぎる。
 夕香、歌詞書くとき、私とかアタシじゃなくて、僕ってよく使ってた。

「あぁぁああ、くっそ、マジ泣けてきた……! ざけんなマジで綾瀬ぇ!」
 次に会ったら問答無用で殴り返してやる!
 そう思った時、ふいに物音が玄関から響いた。

「うお、暗ぇ、どした、佐倉?」
「ぎゃあああ早いし何それ!」
 五十嵐の声だった。
「はぁ? メールよこしたのテメぇだろーが」
 イライラとした様子の五十嵐の声が近付いてくる。
 うはははは、やばい、やばい。
「電気つけんぞ」
「いやっ、そ、それは後でもっ」
 パチリ、と無情な音が響いた。
 俺はとりあえず顔を背けて固まる。

「……何だよ、お前また誰かに襲われたのか? 何度目だよ」
 お前も含めて三度目ですが……。
 保健室の五十嵐と、社会科教師の滝田と、今回と。
「あー、……例の、会長絡みの……か? まぁ……災難、だったな」
「ちゃんと未遂だ、ちゃんと」
「……み、……そ、そーか! 未遂か。ちっ、紛らわしい態度すんじゃねえよ阿呆」
 どうやら五十嵐は本気で俺にかける言葉を迷ってたらしく、俺の言葉にほっとしたような気配を見せた。
「ほれ外してやっから腕……、お前泣いてんの?」
「うるせぇええええ」
 ついに隠し切れなかったらしい事態を誤魔化す為に俺は声を張り上げた。
「ちょっと感傷にひたってたんだよ! 別に襲われて怖かったとかじゃねえ! 天国にいるお母様やお姉さまを想ってだなあ! つかアンタ早すぎなんだよ! 即行来るとか似合わねえことしてんじゃねえ! どっか寄り道して来いよ!」
「はあ? だってお前、俺の部屋438だぞ? どこより道しろっつうんだ」
「げっ、隣!?」
衝撃の事実が俺を襲う。

「……ああっ、そうか! ここって普通は三年のフロアなんだった! マジかよ、隣って!」
「俺もさっきのメッセージで初めて知ったっつーの。ほら、腕出せ」
「ちくしょ、ダサすぎる……」
 悲しいかな。縛られた腕では目から出てしまった水はいつまでたってもぬぐえない。
「えっらく固く結んであんな……。相当恨まれてるな、お前。ホントにちゃんと未遂だったんだろうな」
「……ちょっと殴られただけだ」
「微妙に未遂じゃねえじゃねえか。……おい、これ切っていいか?」
「いや、あの、代えがないからできれば解いていただけると……」
「ちっ、テメぇこの貸しは高ぇぞ」
「…………保健室行くのにいくらでも俺をダシにしていいから」
「はあ?」
 どうやら自分がしょっちゅう保健室に出入りしてる理由にも気付いていないらしい五十嵐は意味が不明とばかりに首をかしげた。
 報われねぇなあ五十嵐……。

「ったく。……ほら、解けた」
「あー、ありがとうゴザイマス、腕いってぇー」
 ようやく自由になった腕を広げると、凝り固まってたせいか、痛い。
 そして慌てて目をこする。
「今さら遅ぇよ。ばっちり見たっつーの」
「…………」
「はっはっは、安心しろ。誰にも言わねぇから」
「………………」
「つかお前、こんな時に俺呼ぶとか、学校中敵に回して友達いねぇのか?」
「んなわけないし」
 確かに五十嵐なら変に心配したり気を使ったりせずに笑い飛ばしてくれると思っていた。けど、そこまで笑い飛ばすことなくないかと思う俺はきっと我がままなんだろうな。

「ダチには心配かけたくねえからアンタ呼んだんだよ」
「俺には心配かけていいってか」
「アンタ俺を心配するようなタマか」
「確かになぁ」
 五十嵐は少しだけ頬を緩めて笑った。
「しねえけどよ、泣き顔はさすがにビビるぜ」
「……忘れてクダサイ、頼むから」
「つかマジで詐欺だよな」
「え、何が」
「お前の顔」
「………………」
「いや、この前も思ったけど、学校中が根暗とか不細工とか言って噂してる野郎がこんな顔って、超ウケる」
「………………」
「俺ホモは気持ち悪いと思ってたけど……、なんでか、お前なら許せる気がすんだよな」
「はぁああ?」
 どういう論理なのかサッパリ分からないんですが。

「大体男のくせに女々しいのが嫌いなんだよ。男に媚売る女だって嫌いなのに、男がそういうことしてるの見ると虫唾が走る」
「……そ、それと俺をホモ認定するのとどういう関係が?」
 まさか高嶺とのこと知ってるんじゃないだろうな、とか冷や汗かきそうになる。
「いや、お前は媚とは無縁そうだからさ。それにお前みたいな見た目なら、相手が男だろうとむさ苦しくなさげだし。寧ろ女とカップルの方がエロすぎな気がする」
「………………」
 絶句するしかない。
 なんつう……、なんつう、なんつう言い草!
「エロいって何!?」
「…………色気の相乗効果?」
「いっみ分かんねえ!!」
 思いっきり、正面切って理解不能を叩きつけた。

 五十嵐は、ははははと乾いた笑いでもって頭をかく。
「いや色気っつうか、お前に色気があるっつうわけじゃねえけどよ……。んー、やっぱ色気なんか?」
「俺に聞くな!!」
「なんつうか、オーラ? 雰囲気? お前、違和感ねえわ」
「何の違和感の話してんだよ!?」
「だから、会長に告白された相手って違和感が。普段顔隠して大人しくしてる時には分かりにくそうだけどな」
「………………それは丁寧な解説をどうもっ」
 一体五十嵐はいきなり何の話を始めてんだ!?
「だから、お前髪型変えて眼鏡やめれば?」
「……は?」
「そしたら大概の奴は納得するだろ。地を出しゃ会長が惚れるだけの男って認識になんじゃねえの?」
「………………」
「んな鬱陶しい見た目してっから余計反発食って……、今日みてえな目に遭うんだろ。お前バカか?」
「………………」
 た、確かに五十嵐から見たら俺はバカかって感じなんだろうけど……!

「いや……、ちょ、……こ、これには……深い事情が……」
「事情……? 根暗っぽくすんのに?」
「まぁ……ひっそりと……目立たずに……そうっと学校生活を……」
「あっはっはっは! あの校内放送以来そーとー目立ちまくってるってお前!」
 五十嵐は軽快な笑い声を上げた。
「何だよ、目立ちたくなかったのか? それでそんな眼鏡と髪型? 何、前の学校で何かあったのか? んな不自然な根暗スタイル、ある意味目立つに決まってんだろ。普通にすんのが一番目立たねえよ」
「………………あのさ、アンタって音楽とか聴く方か?」
 なんかもう、説明した方が早い気がしてきた。
 最初は何か、面白がって吹聴しそうとか思ったけど、今はそんな気しないし、……うん、味方は多いにこしたことはない。