72<隠れ>

「音楽? あー? まあ、程ほどには。それが?」
「ユーカって歌手、知ってるか? インディーズの方が長かったけど、去年の春メジャーデビューしたんだ。夏には引退したけど」
「………………」
 五十嵐はふと考え込むような表情になって、しばらくしてからはっと目を大きく見開いた。
「あー……! 知ってる! 俺、一曲だけメモリに入ってるわ。中学んときのダチがファンになったっつって去年連絡してきた! 聴いてみろっつーからダウンロードだけして放置してたわ。……んで、それが?」
「……あぁ、ジャケットとかはちゃんと見てないんだ」
「ジャケット? あぁ、……えーっと、なんか手のひら向けてた奴? 顔可愛い方じゃんとか思ってちょっと見たぜ」
「……あぁ、そう」
 なんか双子だと名乗るの嫌になってきた。けどここまで話したら後には引けないよな……。

「それ、双子の姉だったり……な、するんだよ」
「はぁ?」
 唐突な話に思えたのか五十嵐は何度か瞬きをした。
 話を呑み込もうとしたらしい。
「……俺、事故で、家族全員死んだって言ったよな?」
「え……あ、……確か」
「世間では、ユーカは長期入院で引退ってことになってるけど」
「………………あ、あー……そのダチも……なんか、そんなこと、言ってたわ……」
「大丈夫だったか?」
「……いや、なんか……そういや、その後から、……連絡来なくなったな」
「死んだって公表したら、ファンにはちょっと与える影響が大きすぎるっつって、そうなったんだ。……ユーカのファン、……結構、精神的に余裕ない子が唯一の支えみたいにしてたパターン多かったらしくて」
 五十嵐は視線を床にうろうろさせて小さく舌打ちをした。

「……確か……そいつ、親が……アル中とかっつって……荒れてた。中学の時」
「……業界の関係者にも事務所は死んだこと伝えてないんだ。どっかから漏れてファンにもし自殺でも図る子が出たら大変だし、事務所にとってもダメージだし。それで俺は顔隠してるわけ。どっかで誰かが俺がユーカの身内だって気付いてもし業界の関係者の耳に入ったら、俺からユーカの入院先とか状態とか情報得ようって来るかもしれない。そうなったら俺がいくら沈黙を通しても、俺を調べれば家族全員死亡なんてすぐバレるだろうし」
「それ……ずっとかよ?」
「業界がユーカに興味失くすまでだよ。そこまで有名な歌手じゃなかったけど、まだまだ音楽雑誌にはたまに名前出てるみたいだし、ファンだった子が大人になって、新しい何か見つけるまでくらいの時間」
「………………」
 しばらく沈黙した後、五十嵐はそうかとポツリと呟いた。

「お前……意外に、苦労してんだな……」
「まーなー」
 確かに苦労だと思ったから俺は肯定した。
「けどまぁ、ユーカのファンが自暴自棄になるなんて嫌だしな。せっかくユーカ好きだっつってくれたのに、その子らがユーカの分まで幸せになってくんねえと」
「………………」
 前向きにシメないと話は終わらないと思ったから俺は笑ってみせたのに、五十嵐は難しい顔をして無言だ。
「五十嵐?」
「俺はなぁ……、ファンよりも、お前が幸せになった方がそのユーカってのは喜ぶと思うけどな……」
「……え?」
「ファンの為にユーカの死が漏れないように顔隠してんだろ? そのせいで反感買って、んな目に遭ってさ。ファンの自暴自棄の可能性や後追いの可能性の為に、お前がリンチされる危険に身をさらすっつーのは……違う気がするぜ」
「………………」

 なんか、五十嵐らしからぬ言葉に俺は返す言葉がない。
「……だいたい、うちは部外者の立ち入りとか厳しいし、セキュリティもしっかりしてるから、そうそうマスコミだの何だの校内とか敷地内には入れないし。誰かがお前への嫌がらせでマスコミにネタ流しても、記者がここまで来るこたねえんじゃねえの」
「………………あれ」
 そういえば、確かに。
「それに、普通そのユーカの情報っての得ようと思ったらな、常套的に家族の方調べるだろが。仕事先とか学校とか。そしたら、やっぱバレんじゃねえの。ユーカの引退と同時期に家族が死んでるって。まさか家族全員、死んだのを隠蔽してるわけじゃねえだろ? いや、もししてても、同時期に行方不明なんて分かったら怪しすぎるぜ」
「………………え、……あ、……あ?」
 五十嵐の説明は……なぜかストンと腑に落ちた。
 え、それって、何だ?

「そしたら、事故か事件を疑うわな。その時期に何かなかったか調べるだろうし、一家全員巻き込まれたってケースなら、小さくても新聞記事にゃなってんだろ。一人生き残ったってなってても、それが男だって書かれてたらその時点でユーカ死亡は分かっちまう」
「……え、……そっか、あれ……そうだよな……」
 五十嵐のいう事は、不思議な程にもっともだ。

「そんでなくても、ユーカの家族で唯一死亡してないお前の行き先は調べられて不思議じゃない。まさかお前生存隠蔽されてねえだろ。前いた学校にはちゃんと転校するって手続きになってるよな? まさか事故で死にましたなんて報告されてねえだろ。そしたらいつか転校先もバレる」
「…………え、えぇえええ」
 何だそれ。何だよそれ。
「だから、お前が顔かくしてる意味、あんまねえと思うけどな。本気で調べられたらここで気付かれなくたって、ここにいることはバレるだろ。それでもまあ、マスコミ関係は入って来れねえだろけどな」
「………………」
「お前が顔隠そうが隠すまいが、ユーカが死んでんのバレるのは時間の問題だってことだ。新聞記事とか戸籍管理まで情報操作してんなら話は別だけど、んな国家機密的な話じゃねえだろ?」
「……いや、まあ」
 事務所にそんな力があるとは思えない。大手と弱小の中間くらいな位置の規模の事務所だったし。

「なんで顔隠すなんて発想になったんだ?」
「……事務所に、言われて……用心しろって……、陽丘さんにも……」
「陽丘って、ここの理事?」
「理事の……息子さんの……。母さんの知り合いだって、それで俺ここに……」
「みんな頭悪ぃんじゃねえの? ちょっと考えりゃ分かんだろ」
「……お、俺も、考えなかったクチだけど」
「…………おぉ、お前も頭悪ぃな」
「………………」
 反論できない場合はどうしたらいい?
「ま、大方、ユーカの隠蔽にかこつけて、お前の学校生活の安全を図ったってことだろうな」
「え?」
「その顔、この学校じゃどういう対象になるか、学校側も把握してるさ。そんで無理矢理連れ込まれて暴行、なんて事態避ける為に、ユーカの死亡隠蔽ダシに使ってお前に顔隠せっつったんだろうぜ」

「………………えっ」
 すげえ人の死とか関わる大問題だと思ってたのに、根本的な理由それってなくないか!?
「いやいやいやっ、そんなアッサリした理由有り得ねえし!」
「別にアッサリもしてねえだろうが。うちの学校の暴行は、結構えげつねえぜ。しかも保護者が力持ってるから揉み消されるパターンが多くてさ、学校側も抑止できなくて困ってるっつうやつ。そんな中だから、美人な顔ってのはそれだけで未遂も含めて200パー卒業までに何かに遭遇する。顔隠せば2、30パーには落ちるんじゃねえの」
「………………」
 確かに光は要に守られてても、ひどいストーカー被害にあってるし。なんか三年にまで携帯のストラップを知られている有名人みたいだし。
「……マジで? マジで、そんなのが本当の理由なのか?」
「さあな。仮定っちゃあ仮定の話だけど」
「いやいや、有り得ないし。そんな理由でユーカのこと持ち出してきてまで顔隠せなんて、俺どんだけか弱いんだ」
「か弱そうだけどな、ある意味」
「はあ?」
 どこが? と問いかけたくなる。

「ここが温室だと思ってんならナメねえ方がいいぜ。俺も高校からここ入った時はそう思ったけどよ。揉み消してもらえるっつー環境は、結構な戦場だぜ。嫌な意味でな」
「………………」
「そういう意味では、か弱いんじゃねえの。純粋な荒業じゃ強くても、ここはそういうんじゃ完全に強いとは言い切れねえよ」
「………………」
 そそそ、そういや、紅茶に薬とか、すげえびっくりした。
 前の学校じゃ有り得ない系の、ある意味暴力だ。

「いや……、でも、……仮定の話だろ?」
「確認してみろよ。真意ってやつを」
「……あー」
「もしその仮定が本当なら、状況が違う今なら、隠さない方がお前は安全だしな」
「……どういう意味だよ」
「会長の宣言、……告白っつーやつか? あれがなかったら、隠してる方が安全だったんだろうけどな。あれがあるなら隠さない方が返って安全って話だよ」
「………………」
「物は考えようだ。どんだけ足掻いてもアレをなかったことにゃできねえんなら、逆に利用してやりゃいーんだって。その方が迷惑ばっかってわけでもなくてスッキリすんだろ」
「…………新発想?」
「そうそうそう。ったく、あのホモ野郎、ノーマル相手に校内放送とか、マジでアホとしか思えねぇよな。普通余計引くっつうの。なあ?」
「…………」
 からからと笑う五十嵐に俺は違う意味で乾いた笑いを返すしかない。
 傍から見たらまさしく五十嵐の言うとおりな状況だったのにも関わらず、結果本当に落とされた俺は高嶺を越えるアホってことか?

「まぁ、新聞記事のこともあったしな……」
 一応、高嶺擁護の為の言葉を発してみる。
「あー? アレか。……まぁな。確かにアレへの牽制としちゃ手っ取り早いよな。しかしまあ、校内放送……はは、笑える」
「………………」
 本気で思い出し笑いをしている五十嵐に俺は少々脱力気味だ。
「っつか、お前あの記事今さらだけど何だったんだよ。朝帰りとかスッパ抜かれてバカじゃねえの? いや、バカなんだろうな。お前本当用心しろよ。絶対いつか未遂じゃ済まなくなるぜ、はっはっは」
「………………」
 そこまで笑い飛ばすことなくないかとか、思う俺は、我がままなのか?

「……あれは、まぁ、ちょっと、寝ぼけたみたいな……そのツケが、さ」
「はぁ? 寝ぼけたぁ?」
「……おぅ、寝ぼけて生徒会フロアに迷い込んだ結果がアレだ」
 開き直るしか、できること、ねえじゃねえか。
「おっまえ、マジでアホだな」
「大丈夫だ。アンタのおかげで自覚したから何とかなるよ」
「いやけどよ、お前まさか隠れ天然とか、そういう新ジャンルな種か?」
「は?」
 かくれてんねん。
 隠れてんねん。
 大阪弁か?
「普通に見せかけて実は天然。名付けて隠れ天然。あっはっは! ばっちり! ぴったり! お前に! あはははは!」
「………………」
 なんか、前は光にツンテンの天然がどうのこうのとか言われた気がするけど……。
 五十嵐、お前まさか俺を元気付けようとしてくれてるのか? 泣きべそかいてたのを気遣って?
 ……いや、そんなわけないわな。

「……とりあえず。……色々分かったから。もういいし」
「あ?」
「解いてくれてありがとうゴザイマシタ。助かりマシタ。どうも」
「帰れって? 茶くらい出せよ」
「ミルクティか水しかねえけど」
「ミっ、ミルクティい……!」
 またゲラゲラ笑い出す五十嵐。
 もしかしてコイツの方が実は友達少なくて、久しぶりに別室訪問してテンション上がってんじゃないのかとか、なんかそういう判断の方が自分的に楽な気がするからもうそう思おうとか思う。
「似合わねぇミルクティー……! お前絶対コーラ系だと思ってた……!」
「炭酸は好きじゃねえんだよ」
「ぶっはっは!」
 とことん笑う気らしい五十嵐を俺はもうとことん笑わせることにする。
 夜は長そうな気がした。