73<不幸>

 結局夜遅くまで五十嵐は俺の部屋にいてほとんど付けたことがないテレビもつけてメシを食い、何だかんだと大笑いして帰り、俺はやっと安眠することができた。
 ネクタイが外れたのは意外に早かったのに、遠い道のりだったような気がする。
「………………」
 で、次の日の朝、俺は教室の入り口で固まった。
 前日と違って部屋の前でなかったからまだいい方なんだろうけど。
「…………」
 いやまあ、篠原がいたとかいうんじゃなく。
「……小倉。だっけ」
 そう、いたのは小倉だ。
 昨日うちに来て散々やらかして帰ってった三人のうちの、一番小さい奴。

「あ……! あ、えと、あの!」
 教室の入り口近くでポツンと立っていた小倉は俺の声に気付いたらしく、ぱっと顔をあげておろおろしだす。
 何だ? なぜそんな緊張されるんだ?
 今日は一人で、仲間はいないらしい。
「えと、あの……、ご、ごめんなさい……、あの……、昨日……」
「え、なに嘘。……謝りに来た?」
「………………」
 俺が訊くと、小倉は俯いて黙り込んでしまった。
「…………えーっと」
 弱味を握られたなーとは思ったけど、こっちが弱味を握った覚えはないんだけどな。なぜにそういう反応?

「ごめんなさい……あの、みっちゃんは……、あ、いやあの、綾瀬くん……なんだけど、……ごめんなさい……」
「……はい?」
「えと……、だから、あの」
 なんか、泣き出しそうなんですが。
 いや、登校中の生徒が何人か、怪訝そうにこっち見てるし!
 噂の不細工転校生が今度は一年いびりとか噂になったらどうしてくれる!
「ちょ、話があんならこっち来い」
 俺は問答無用で小倉の腕を掴んで歩き出した。
 目指すはこういう時御用達の、屋上へ続く階段の踊り場。
 社会化準備室近くの屋上と違ってこっちは出入り禁止だから、この階段を使う奴は普段いないってことで格好の密会場所だったりする。

「で?」
 とりあえず好奇の目にさらされない位置まで来て、俺は小倉に続きを促した。
「……あの、……綾瀬くんは……、本当に、……会長のこと、好きで」
「は? 好き? 好きを理由にすりゃ何でも許されるかもって話?」
 実は俺はちょっと怒っている。
 いや実はもへったくれもないけども。
「そ、そうじゃなくて……」
「だって謝りに来たんだろ。今の、高嶺が好きだからこその行動だったんだ許してくれ、って話の流れじゃなかったか?」
「や……ちが」
「ハッキリ物言えよ。文句言われる筋合いはあっても、許しを乞われる謂れはない、俺は何様だ?」
「……え?」

 小倉はハテナマークを飛ばしている。
 いや俺も、今の言い方は勢いに任せすぎた感はあるけどさ。
 だって高嶺への好意を理由に謝罪を受け入れてたら、俺は一体どこまで受け入れなきゃなんないんだ? 極端な話、殺されても高嶺が好きだからこそだったんですゴメンナサイで納得しなきゃいけないっつーことだし。
 文句言われたり攻撃されたりは仕方ないとしても、それを許せとまで要求されたら俺はキレるぞ。
「……いや、あの……僕は、あの……会長に、伝えてない、から……報復、受けなかったんだけど……」
「あぁ」
「でも、綾瀬くんも……、玉置も……、報復、受けて……告白、したこと……、否定……されて、……そんな想い、持つのが罪みたいな、罰、受けて……佐倉くんだけが、……罰を受けないの……許せなかったんだ……」
「……で?」
 その話の流れはやっぱ、好きだからこそだったんですゴメンナサイってことじゃねえの?

「……だから、同じ目に遭わせるって。僕らも、佐倉くんも、おんなじ想いなのに、僕らにだけ罰があるのはおかしいって……、でも」
 小倉はそこまで言って言いよどむ。
 俺はもう続きを待つことにして、促しもせずにただ黙った。
「でも……なんか、あの……ごめんなさい……、もしかして、あの、訊いちゃいけなかったらごめんなさい……あの、綾瀬くんも玉置も普段は話したたがらないし……」
「………………」
 要領を得ない小倉の話に俺は沈黙を通す。
「……あの、もしかして……報復、受けたんですか……?」
「……はあ?」
 ようやく俺は口から言葉を出した。言葉っつーより、ただの声だけど。

「……佐倉くん、……様子が、普通じゃなくて……」
「………………」
 やっぱり、フラッシュバック起こしたんだろうな。
「なんか言ったか? 俺」
「え?」
「記憶があやふやなんだよ。どこで意識とんだのかも覚えてねえ。起きた時の感じで、どうやらお前らの言う報復は再現されなかったらしいっつーのは分かったけど」
「………………」
「安心すれば。報復は受けてない、高嶺のおかげでな。俺の問題は転校してくる前のやつだから関係ねぇよ。どうしても報復受けさしたいならやればいい。けど俺も二度とお前らからのモノなんて手ぇつけねえから」
「………………佐倉くん」

 小倉は俺の言葉を聞いていたのか聞いていなかったのか、いまいち判断つかない表情で俺の名を呼んだ。
「何だよ」
「僕、その可能性を考えもしなかったんだけど……、君、普通なんだよね?」
「……は?」
「いや、つまり……女の子が好き……っていうか、まぁ、ノーマル……ってことを、僕考えもしなくて」
「………………はぁ」
 いや、まあ、そうだよな。考えもしないのはこの学校ならではだよな。
「ゆうかって彼女?」
「…………」
 俺は絶句した。

「ごめんね、昨日、様子がおかしくなった時……そう呟いたのが聞こえた気がして……。状況が状況だったから……大事な人なのかなって。……彼女がいるなら、僕らのしたこと……、完全に的外れだし……」
「………………」
「……しょうじきに言うと、会長と佐倉くんが関係してるんなら、僕だって、……その、嫉妬する。……し、謝る筋合いもないって……思うけど、でも……そうじゃないなら……昨日のこと、謝るのは筋だって思って……」
「………………」
 夕香を。
 夕香を呼んだんだな、俺は。
 俺のフラッシュバックは、やっぱり夕香の死に関係してるんだろうな。

「……あ」
 いや、今考えるのはそうじゃなくて。
 小倉の言葉に答えなきゃいけなくて。
「…………夕香は、……彼女じゃねぇ……よ、そりゃ、大事だった……けど」
「……え」
「もういねぇし。俺とどうこうとかいう相手じゃねぇ……」
「……そう。……ごめん」
 今の小倉の謝罪は、人の死を掘り起こしたことに対するものだろう。
「じゃやっぱり、佐倉くんはノーマルじゃないの? 会長好きなの?」
「…………………………あぁ」
「………………」
 俺の間を置いた返答に、小倉は沈黙した。

「……そ、……っか。……あはは、ちょっと期待したんだけど。……佐倉くんがそうじゃないなら……そのうち会長も、諦めて……違う方に目、向けてくれるんじゃないかって……。そう、それなら、入る余地、ないね」
「………………」
「君と会長が終わるの待つとか……、もう……有り得ない……。あぁ、だからみっちゃんたちみたいに、ちゃんとすれば良かったんだ。君が来る前に告白してたら何か変わったかもしれないのに……」
「…………」
「か、変わんなかったかもしれないけどさ……、変わったかもしれないって、後悔することなかったんだ……。あはは、君相手に何言ってるんだろう……」
 小倉の目は潤んでいて、必死に涙を否定してるんだろうなってのが分かった。
 でも、涙がなんだよ。
「……変わったかもしれないなら、すればいいだろ、告白。今からでも」
 思いっきり乾いた音がした。
 しばらく、頬を打たれたのに気付かなかった。

「……っ、何……それっ、最低! なんでっ、会長はこんな奴……! 自分が選ばれるって分かってて言うんだろそういうこと!」
「…………」
 あぁ、そうかもしれない。
「想いを伝えられたらそれで満足だろって、そういう意識なの!? 想いなんて最初から気付かれてるんだ! 遊びでもいいからって抱いてもらってた時点で! 遊びで抱かれたいだけなら親衛隊に言って会長の順番待たなくても相手はいっぱいいるんだよ!」
「…………」
「想ってる事伝えて満足なら……っ、最初から誰も! 親衛隊の報復まで覚悟して告白なんか……っ! 結ばれたいって思うから! だから本気だって言うんじゃないか! 遊びじゃなくて本命にしてほしいって! それでみっちゃんもヒロも……!」
「……誰かが不幸になるしかないんだろ」
「僕らがなればいいっていうの!? 自分一人が幸せになるのに、他は不幸になって当たり前って!?」
 小倉の声は大きくて、場所が階段なだけにやたら響いたけど、言って興奮が収まるような様子じゃなかった。

「じゃあ俺が不幸になれば満足か? 誰なら満足するんだ。自分か? 自分が選ばれるまで延々、一人だけ幸せなんて許せないっつーの?」
「そんなこと言ってない!」
 これ以上言ったらまた殴られるかなとか思ったけど、まあいいや。
 あんまり痛くなかったし。
「一番幸せ考えてやらなきゃいけないのって、自分が好きな相手じゃねえの」
「…………っ」
 小倉は言葉を呑んだようだった。
「自分が……っ、自分が選ばれたからって……っ、そんな余裕っ」
「余裕じゃねえよ。俺と逢う前に告ってたら違う結果になったかもしれねぇとか、余裕だったら聞かされて怒んねぇよ俺も」
「……な、怒ったの?」
「怒るよ。……順番が違っただけで生まれないような、そんな簡単な気持ちであってたまるか。知りもしねぇくせに、そんな薄っぺらい感情だなんて決めつけんな」
「………………」
 小倉は黙ったままでいる。

「もう、行くから」
「…………あ」
「噂、流したいなら流せば。襲われて、情けない悲鳴あげて女の名前呼ぶような奴だって。でも言っとくけど高嶺はもう知ってるからな。顔のことも、ばらしたいならばらせばいい。もうなんか、大して問題じゃない気もしてきたしな」
 昨日の五十嵐の言葉、陽丘さんと事務所に真意を確認しないことには何とも言えないけど、大方間違っていないように思えた。
「そっ、そこまで言われてそんな卑怯な真似できるわけないだろ! 見損なうなっ!」
「……そうかよ。じゃあな」
 これ以上話を続けても平行線だ。
 お互い感情的になりすぎてるし、危険だと思う。
「……っ、お、お前なんか大嫌いだ!」
「……俺もだよ」
 小倉の大嫌い宣言を背中に聞いて、俺は相手に聞こえたかどうか分からない大きさの声で返事を返した。