74<親友>

 チャイムがなった。
 教室に登校してからずっと、俺の頬が左だけ赤いとかって心配してくる光に延々何でもないと繰り返し続け、その赤みもようやく引いたらしい昼休みになって、先生に呼ばれてるからと俺は教室を出た。
 別に呼ばれてるわけじゃない。そんなものは口実で、とにかく高嶺に連絡先を聞きに行きたかったんだ。
 昨日は生徒会室に行くのにも付き添いを付けると騒いでいた光だったけど、今日は俺の様子に気付いてか、そういうことは一言も言わなかった。
 昨日までの、学校中からの好奇の目や反感を受け流してへらへらしてた俺じゃないのが分かったんだろう。
 きっと俺は今、すごくピリピリしてると思う。
 それに職員室向かうと思ってる分には、安全だと思うだろう。

「二年の教室……」
 方向音痴の俺だけれども、なんとなく、どこに二年の教室が、三年の教室が、っていうのは把握できるようになった。
 そしたらあとは教室にかかってるプレートを見ればクラス順に並んでるわけだから、簡単だ。
 どこそこの専門教室的な場所はまだまだ分かっていないけれど。
「……さすがに、一年の教室より反応が大胆だな」
 一年の俺が一年のフロアにいるのは別に普段通りだから回りも遠巻きにする。
 けれど、二年のフロアをうろついてるのを見たら、それはもう、高嶺関係だとしか思えないのだろう。
 人が人を呼んで、教室から身を乗り出してまでこっちを見てくる奴もいる。
「ま、こんだけ注目されてりゃ返って安全だ」

 そう独りごちた時、その人の群れから一人、慌てて駆けてくる姿があった。
「ささささ、さっくらちゃぁんっ!」
 ちゃん? って反応が数人から返る。
「……宮野先輩」
「あ、アレ? もう副かいちょって呼んでくれないの?」
「呼んで欲しいんですか」
「まぁちょっとツボってたから……、ってそうじゃなくて! おまいさん、どしたのさ! こんなトコまでのこのこと!」
「のこのこって……高嶺に会いに来たんです。用事あって」
「そんなの携帯でどっかに呼び出しなってぇ! 大注目だからマジ!」
「その携帯の連絡先を交換してなかったんで、聞きにきたんです」
「うぉえっ? まだ交換してなかったの!?」
「実は。俺も昨日気付いて焦りました」
「そりゃ焦るわぁ」
「………………」

 俺の焦りはたぶん宮野副会長の想像のナナメ上を行ってたと思うけど、いちいち説明する気もないので俺ははぁと答えておいた。
「いや分かったから。ちょっと場所変えよう。高嶺今教室に行ってもいないし。俺が教えてあげるから、とりあえずここはマズイっちゅう話な」
「なんだ、いないんですか」
「うわ、何、佐倉ちゃんちょっと機嫌悪い? 目が据わってんよ? いいからいいから」
 そう言われて俺は宮野先輩に半ば強引に連れ去られる感じにその後に付いていった。
 まぁ高嶺がいないのなら意味ないしな。

「えーっと、連絡先教えてあげるにも目撃されちゃあまた変な噂たつしねぇえ。俺いちお生徒会メンバだしー」
 ぶつぶつ呟きながら宮野先輩は行き先を決めたようでずんずん歩いていく。
「よし、誰もいないな。はいはい、ここ入って」
「え、ちょ」
 そう言われて押し込まれたのは普段誰も使ってなさそうな何かの部屋。保管室?
 俺が部屋を見渡しているうちに、先輩は奥に進んでいって、窓をガラリと開けた。
 部屋が明るくなる。

「資料室ってやつな。別に必要ないんだけど、一定期間保存しなきゃいけないモロモロの書類やら資料やら置いてあるみたい。ま、そんなんだから管理もズサンってわけで、鍵壊れてるのもまだ気付かれてないっぽい奇跡?」
「……はぁ」
「ほらほら。携帯だしなって。高嶺のデータ送ったげるから。何で受信する? ミッションその1! 受信モードを展開せよ! ほら早く!」
「あ、あぁぁ、ハイ」
 先輩の勢いに呑まれるがまま、俺は携帯を取り出す。
 しばらくして、高嶺の連絡先は無事に携帯に登録される。
「じゃ、続いてミッションその2! ついでに俺のも受信!」
「はぁ」
 しばらくして、それも登録が終わる。
「はい、じゃあ最終ミッション! 佐倉ちゃんのを送信せよ!」
「…………」
 返事をするのが億劫で、俺は無言でそのミッションをコンプリートした。

「よくやった佐倉隊員。これで当面の問題は解決だ。じゃ本題に入ろう」
「…………え?」
 何、今の本題じゃなかったのか?
「そのうち聞かなきゃと思ってたんだけど。なんか今タイミングちょうどいいからさ。慎也……あぁ、高嶺のこと、佐倉ちゃんって本気なの?」
「……ぇえっ」
 いきなり振られた話題にしてはあまりにもデリケートすぎるのは気のせいか!?
「……ほ、本気って……、そりゃまぁ……、一応……。穴があったら入りたいくらい、本気で落とされましたよ……」
「…………そー、っかー。……いやーそーだよねー」
 先輩はなぜか寂しそうなトーンで返事をした。

「いやー、なんつーかね? 心配なわけよ。あの慎也がーって思うしさ。あぁ俺たち幼馴染みなのよ、だから昔っから慎也のことは知ってるっつぅかねぇ。人間不信ってわけじゃないんだけど、まぁ恋愛不信は確実だと思ってたしさぁ俺も。アイツあぁ見えて繊細だからね。裏切られたりするの、超苦手なタイプなの。だから心配でさ」
「………………え、え、いや、え、だから何ですか?」
 先輩の話はあっちこっちに飛んで、どこを拾って会話のキャッチボールをすりゃいいのか全く分からない。

「何ってまぁ、佐倉ちゃん、高嶺と付き合うなら相当頑張らなきゃって話」
「は?」
「ほら、学校中から目ぇ付けられてるっしょ? 嫌がらせとか、段々エスカレートしてくることも考えられるし、それに耐え切れなくなって付き合うのやめるとか、学校やめるとか、言い出したりしないかなーって」
「……そんなヤワじゃないですよ」
「あぁそう? ならいんだけど。アイツさぁ、最初態度デカかったっしょ? アレって警戒心ムキ出しってことなんだよね。中に入らせない為の威嚇っつーか。そう思うと、分かるっしょ? 高嶺の繊細さ具合」
「……あー、はぁ」
 高嶺が繊細? なんか言葉の響きが気持ち悪いけど、否定はしないどこう。確かになんか、少しだけ、人の裏表に神経質っぽい感じはしたし。

「だからさぁ、まあ、慎也に本命ができたのは良かったって思ったけど、正直、高嶺の為にそれは思ってたわけでね。一応大事なダチだからさ」
「何の話なんですか? 俺別に嫌がらせされたくらいでどうこうなるような気持ちでモノ言ってないです」
 今朝も似たようなセリフ言った気がする。
「あぁ、うん。それならソコはそうでいいんだけど。ま、ようするに俺はね、つか生徒会のメンバとかもね、高嶺の支えっつうか、癒しになるような子が良かったわけ」
「……もしかして、俺じゃ力不足的な意味で言ってます?」
「いやまぁ、そういう訳じゃないんだけどさあ。君結構潔いし、俺的には結構めちゃめちゃ好みだし、好感持てるタイプなんだけどさぁ」
「けど、って言うからには何かあるんですよね」

 先輩は困ったように口を尖らせた。
「んー、ほら、一昨日仮眠室で色々やってたじゃん? あれ、俺とトモ兄だけは結構早い段階から隣の部屋いて、君の悲鳴を聞いてるんだよね」
「………………」
「高嶺に聞いてもはぐらかしてくるし。アレ何? 君、精神的に何か抱えてる? 交通事故のことは聞いたけど、それ関係っぽいパニックっぷりじゃなかったよね」
「………………」
「そういう話なわけ。高嶺にとって負担があんまりにも大きすぎるなら、ちょっと手放しで喜べないって思ったんよ。つかね、高嶺会長だしね、うちの生徒会、ほんと結構忙しいのよ。分かって? 昼休みとか教室でのんびりご飯食べてないから。まぁ昨日は付き合い始めのお昼だったからって無理したみたいだけど」
「………………あ、俺……」
 何か言おうと思ったのに、言葉が上手く出てこなかった。
「………………おれ、……俺、は」
 高嶺が仕事を抱えて大変だなんて……、見てるだけで分かることを気に留めなかった俺って……、どうしよう、すごい……嫌だ。

「ん?」
「……俺は……、高嶺の……気持ちが、……嬉しそうな、顔が……、嬉しく、なって」
「あー、うん、そうだねー。高嶺喜ばしてくれんなら確かに癒しにゃなるねぇ。喜びは癒しだしなー。うんうん。ならまぁ良いんだけどねぇ」
「……すみません、……その心配は……尤もだ」
「うわ、いやちょっとキツく言いすぎたかもだけどっ、いやヘコまないでよ? 佐倉ちゃんしっかりして気ぃ強そうだから大丈夫かと……って、ちょっとーぉ。別れるとか言い出さないでマジで、俺は助言したんであって警告とか脅しとかそういう意味じゃないしっ」
「……大丈夫です。……いや、ちょっと自己嫌悪ですけど……、確かに俺、自分的な問題でいっぱいいっぱいで、そういう見方でモノ考えてなかったし……」
 事故のこととか、親衛隊のこととか、光への勧誘のこととか、小倉たちとの対立のこととか、自分の顔隠しのこととか、自分のことでいっぱいいっぱいじゃないか。昨日だって連絡先を知ってたら、高嶺を頼ってた。心配かけるの分かってて。きっと忙しいだろうに。
 いや五十嵐にも心配と迷惑はかけたなって思うけど。

「あー、やっぱ佐倉ちゃん潔い返事すんねぇ。そう来るか……あはは。まあ、親衛隊関係の問題に関しては高嶺に責任とらしていいと思うよ。何も校内放送なんて使わなきゃあ、もちょっと穏便だったかもしれないし」
「はは、本人も言ってました。……すいません、心配かけて。……あの、パニックのことは俺、その原因自体、普段忘れてるっぽいんです。なんかそういうのがあるらしくって。何か極端なことでもないとあんなことには普段なりませんから……。すみません、こんなことしか、言えないんですが……」
 先輩は何も俺に高嶺と別れろとかそういう事を言ってるんじゃないんだろう。そう、先輩自身も言った、助言ってのが一番しっくり当てはまる。
「ありがとうございます。言ってもらえて助かりました。自分じゃ気付かなかったろうし」
「…………あ、あぁいやいや。……うわ、予想外の返事」
「どんな返事予想してたんですか……」
 もしかして逆ギレでもするとか想像してたんだろうか。
 確かに高嶺相手にはかなりの勢いで怒鳴り返したり啖呵切ったりしてるけども。宮野先輩はまぁ、フランクなノリはともかく、まともに会話できる相手だし、突っ込まずにはいられない程のボケかましたりしないし。

「えーっと……、まぁ、俺の役回りって結局こんなんだよねっていう……。あはははは。うん。それにちょーど佐倉ちゃん現れてくれたしね。びびったけど」
「先輩、ほんとにしっかり高嶺の親友なんすね」
「……え、しっかり親友っていうか……、え」
 宮野先輩はふいを突かれた表現だったのか、言葉を詰まらせる。

「いいですね。……俺、その例の不本意な事情ってやつで事故以来、携帯壊れたせいでアドレスも分かんないし……連絡とるなって言われて、友達とはみんなフェードアウトで……、結局、親友って奴もいなかったみたいだし……、いたら何か違ったかなとは思ったこともありますよ……」
「そ、そんな大それたもんじゃあ」
「大それてますって。俺も先輩みたいな親友いたら良かったって思いますもん。無理してでも俺の入院先調べて見舞いに来てくれる奴……いたら良かった。結構仲良いと思ってた奴は、何人かいたんですよ……」
「ちょちょちょちょっ、えっ、どしたの!? 泣かないでマジぷりーづ!」
「………………あ」
 気が付いたら涙がぼたぼたーと流れていた。