75<荷>

「ぎゃーっ、ちょおそれ反則だっちゅうの、何それ俺を試してる!?」
「いや……ちょ」
 小倉が……、あんなに必死で、いたから。……あれ、結構自分のことだけじゃなく、綾瀬と玉置のことまで想って、一人で俺と戦おうとしてた。
 俺は……上手く言葉で切り返せただけで、ほとんど逃げてきたようなものだと思う。
 目の当たりにしたくなかったんだ。
 誰もいなかった自分と比べたくなくて。
 夕香のことがあって学校も俺の入院先を教えなかった。確かにあの時に教えてたら、さすがにマスコミもすぐに聞きつけて俺のとこに来ただろう。
 けど、それでも、もし小倉と、綾瀬や玉置たちみたいに友達だったら、無理して調べてでも、会いに来てくれたんじゃないかと思ってしまった。
 もしかしたら、転校した後も続いてる友達だったかもしれない。
 けど実際は、俺、前の学校の友達のアドレスは誰一人の分も復活してないんだ。
 昨日呼び出したアドレス帳はほんとスカスカで、焦ると同時にショックだったりしたんだっつーの。

「すみま……せ、俺……ちょ、どうし」
 確実に、原因は朝のアレだろう。
 今は光も要もいるし、五十嵐だって、小野寺だって、いい奴だって分かってる。
 それに高嶺もいる。
 けど、変えられない過去の事実は俺をヘコませる。
 昨日のアドレス張のショックに、今朝の小倉の友情ってやつは、確実に追い討ちをかけた。

 高嶺は、なんでこんな友達いない奴、好きになったんだろう。
 ってか、昨日から……つかもう、ここ最近だな。俺の涙腺はどうかしてる。
「さささ、佐倉ちゃん……うわ、ごめん」
「え」
 いきなり謝られながら抱きしめられて俺は顔を上げた。

「いや、そんな慰めてもらわなくて……も、んっ」
 はあ? と平仮名二文字が頭に浮かんだ。
「ん、んんぅ」
 なんで宮野先輩が俺にチューかましてくんだ!?
「ちょっ、ん……せんぱっ」
 抱きしめられたまま後ろに押されて、背が棚に当たる。膝で足を割られて腰を抱え込まれて顎を掴まれて、……これ完全に女の子が襲われてる体勢じゃねえか!
 なんでいきなりこんなことに!? そんなフラグ一切たってなかった気がするんですけど!
 それに宮野先輩は高嶺の親友で! 俺は高嶺と付き合ってるって知ってるのに! 冗談じゃねえ!
「ごっめ……、いや、分かってんだけど……、それはナイっしょもう……、理性が……理性が……。慎也マジでこれはちょっと。我慢できると思ったのに……」
「何がデスカっ!?」
 俺の肩に顔を埋めてしまった先輩の耳元で俺は怒鳴る。

「こんな、こんなど真ん中な子に何もマジ惚れしなくたってぇ……。俺が手ぇ出したら色々修羅場じゃん……あぁもう」
「さっきから何言ってんですか!?」
「いやもう、高嶺の子じゃなかったら本番やってたよ。犯してた」
「おかっ」
「くっそぉお、マジで何この貧乏くじ。あん時俺が襲ったから慎也の部屋行くことなったんっしょ? 慎也のマジ惚れってそん時っしょ? 次の日校内放送だったしさぁ。……っもー! あん時行かさなきゃ良かった……!」
「はぁあ?」
「いやゴメン。あのさ。俺もマジ惚れなんだって言ったら怒るよね」
「えっ」
 なんか衝撃の言葉を聞いた気がする。

「あぁもう、ヤバイ。君ねぇえ、佐倉ちゃん、何てことしてくれるかなぁ。あのさあ、無防備って最悪……。寄りにもよって……自分の彼氏の幼馴染みを誘惑しないでくれるかなぁ……」
「はぃい!?」
 もう宮野先輩の理論は完全に理解不能なところを突っ走っている。
 涙はいつの間にかどっかに行ってるし。
 ビックリしすぎて。

「……っだぁー、通用するわけない。シャーペンとか消しゴムじゃないんだから……、セフレならまだしも、本命はなぁあー」
「何言ってんですか!?」
「さすがに本命相手はナイわぁあ。二人で一つを共有なんて、消しゴムでさえ小学校で卒業したっつーのに……てか絶対ヤダ」
「ちょっと待っ、俺モノ扱いですか!?」
「できないから困り果ててるんだって!」
「てか今のドコに俺に惚れる要素が!?」
「自覚ないのが手に負えない……」
「ちょっと!!」
 ぎゅうっと抱きしめられて、ますます体が密着する。

「佐倉ちゃんってホント、真心全開って感じだよね……。さっきの話だって普通ムッとしたっておかしくないのに真正面から受け止めちゃって……。そんでめっちゃ素直に聞き入れようとするし……。佐倉ちゃんって何なの? どこで純水培養されたの?」
「いやいやいや」
「俺その真っ直ぐさって本当憧れるんだけど……。自分が誤魔化してばっかきたからかな……。ちょっともう、こんな胸キュンな子、もう一生出逢えない気がする……」
「いやいやいやいやいや」
 俺の引きつった否定はどんどん無駄に伸びていく。
 もう何からツッコミ入れていいか分からねぇ。

「そもそもっ! 俺の話聞いてました!? 俺結局、一度も友達に見舞ってもらえなかったような奴なんですよ!? 先輩なら高嶺入院したって聞いたら、病院教えてもらえなくても何が何でも調べて行きますよね!? そういう相手一人もいなかった人間だってこと、全然考えてなくないすか!?」
「それ考える必要あるの? 今が基本じゃん。今目の前にいる佐倉ちゃんが俺にとって全部。どういう道を辿ってきたって、その結果の今が有りならその道は間違ってないよ」
「え、ぇええぇぇ?」
 なんか良く分からない回答をされてしまった……。

「…………どうしよ。大丈夫だと思ってたんだけどなぁ。佐倉ちゃんが俺の話でちっとでもムッてしてくれてたらそれで良かったんに……。寧ろケンカ売ってくれても良かったんに……。したら気まずいまんま、秘めた想いはいつかフェードアウトって寸法だったんに……」
「なんで訛ってるんですか」
 あぁぁ、ツッコミ所はそこじゃないって俺……。
「なのになんで間逆な反応してくっかなあ。想いを余計濃くしてくれちゃってもぉおー。イエロー警告が完璧いま赤だよ、もうこの部屋逆効果じゃん、誰も止めに入んないっつーの、俺の理性は既に限界なんよ。あぁぁ」
「先輩? 一回落ち着いて。とにかく離れてください」
「………………」
 何を駄々こねてるんだろうこの人は。と思ったが寸でのところで口にするのは思いとどまった。刺激しちゃならん。

「……ヤっちゃ駄目だよね?」
「ちょっと!!」
 思わず叫んだ。どう考えてもそれ犯るって意じゃないか!?
「倫理的に、俺は思いとどまるべきだ。だって佐倉ちゃんは慎也の大事な子で、あの慎也が初めて本気で好きになった相手で……」
「………………」
 言われてるこっちが何かこっ恥ずかしくなってきたんだけども。

「……どうせ俺はいつも遅いよ、何もかも、後になって気づくんだ、あぁ」
「先輩?」
「やべえ。俺まで潤んできた。あああああ」
「ちょちょちょ」
 抱きつかれたまま先輩の顔は俺の肩の向こうなわけで、顔は見れない。
 けどなんかうるうるした涙声になりかけてるのは分かる。
「佐倉ちんの移ったしぃ。……ううぅ。何もこんな切実なことまで後回しにされなくたっていいじゃないか……。神様の意地悪……」
「な、何を言ってんですか」
 俺はさっきからこの手のセリフを何回言った?
 分からなくなるくらい、宮野先輩の言葉は徒然すぎる。

「じゃあ、じゃあ俺は……、何なら自分優先していいのっていう話じゃん? ねぇ、俺、佐倉ちゃん望んじゃ駄目かなぁ?」
「えええええ」
 何か本気で苦悩してるらしいことに俺は遅ればせながら気付き始めた。
「俺が引けば丸く収まることくらい分かってるよ……、そんなことばっかだったし。でもこんなに欲しいものまで俺諦めなきゃいけないんかなぁ、佐倉ちん……」
「せ、先輩、話がやたら急なんですけど……」
「そりゃそう思うよねぇえ。俺だって冗談にしたくて冗談ぽく言い聞かせてたし自分にさあぁあ」
 いよいよ先輩の声は切羽詰ってきている。
「仮眠室で俺実は本気でいっぱいいっぱいだったしっ、慎也と言い合いして誤魔化したけどっ。もう、あの日すげえ佐倉ちん探しまくったのに、慎也のとこ行ってたなんて……」
「………………」

 ……あの日、ってのは、たぶん俺が寝ぼけて高嶺の部屋に世話になった時だろうな。……俺が、全く記憶にない時の。
 その時すでにちょっとした好意を持たれてて、そんで今日、俺が何か、それに決定打を打っちゃったってことか?
 いやいやいやいや。
 俺、高嶺に惚れられただけでも凄いことが起きたって感じなのに、この上宮野先輩にまでなんて、どんだけ魔性なんだ。有り得ねぇ。
「先輩……、ドッキリとか、そういうオチですか……?」
「う……っわ」
 先輩は呻いた。

「そういう……、なかったことに的な……、ちょ、もう……、ほんと勘弁して……、切なすぎるし……」
「え、す、すいません……」
「どう考えたって俺悪者だよ……。親衛隊はともかくさぁ……、メンバーみんな高嶺のこと喜んでるし……、横槍とか、何考えてんのって感じだよ……。佐倉ちゃん、いっそ俺を嫌ってくれる? 大嫌いになって。俺をヘコまして。諦めさせてくれない? 欲しがるだけ無駄だって分からして、ねぇ」
「…………」
 どうしよう。何も言葉が思いつかない。
 高嶺、どうしたらいいんだよ。
 お前の親友、泣きそうだ。俺のせいなのか?

「佐倉ちゃん……、この前みたいに逃げな。そんで高嶺のとこに行って。俺、もう無理」
「え、え、うわっ」
 シャツを捲りあげられて、体がビクついた。
「……傷あと、もう痛くはないの?」
 本気で、びびるんですけどっ!
「先輩……、ちょ、落ち着いてっ」
「慎也、俺って最低なのな……」
「先輩っ、うぁあ」
 裾から入り込んできた手が直に触れてきて、頭の中がぐるぐる回る。
「かっ、かいちょ! 副カイチョっ!!」
 前にそう呼んだら大ウケされたなってことが頭を掠めて、手を止めてくれたりしないだろうかという意識から口からそんな呼びかけが出る。

「ん、何?」
 全然ウケないしこの人……!!
「まままま、待っ」
 作戦は物の見事に失敗し、さらに焦りが募る。
 先輩は何事もなかったように俺の呼びかけをスルーしてくださって、あろうことか、女の子相手みたいに胸を……。
「まっ、まっ、何をやってっ! んぅ!」
 嫌だ、こんなの、高嶺っ!
「ぅあ、っは、ぅ、せん、……っぱ」
 喋ろうとすると口を開くたびに舌で攻められそうになって思うように言葉を紡げない。
 割られた膝が、震えてくる。
 なんていうか、焦りと、怖さで。

「……佐倉ちゃん、震えてんの?」
「………………」
「……ごめん、俺、俺も怖いよ……。こんな、止められないなんて……、高嶺じゃないと、嫌?」
「…………せんぱ、……手、離して……冷たい……」
「あぁ、俺、冷え性気味だから……」
 夏でも結構低温。
 そう先輩は耳元で囁いてきた。
「でも、すぐあったまるから……。」
「先輩……っ」
「もう俺、頑張れない……、頑張りたくないんだよ……。嫌ならお願い殴って。じゃないと俺、最後までやっちゃう。もう頑張って諦めるの、痛いんだ……。お願い佐倉ちゃんが止めて……。止めてくれないなら俺のものになって……」
「そん、……な、……んな」
 殴れって、言われても、そんな、そんな顔で、言われても。
 高嶺の事大事に思って声かけてくれた、その口で、言われても。

「高嶺のダチだから、殴らないの……? そうだよね……、俺だからじゃなくて、高嶺の……だからだよね……」
「いや、だ……っ」
「わ、っと」
 体から力が抜けて、先輩が倒れそうになるのを支えてくれた。
 どうやら俺、腰が抜けたらしい。あぁなんて間抜けを晒してんだ俺は……。
「うっそ、ちょ……佐倉ちゃん、腰抜かしたの? そんなお膳立てやめてよもう……、マジで、本気で殴ってくれないの……? 止まんないよ……」
 怖すぎる。
 そんな、俺に突きつけられた事態は、突きつけられた、先輩の想いは、俺を混乱させるのに十分すぎた。
 自分の望みと周りの幸せを天秤にかけて、いつも周りを優先させてきたんだこの人。
 それでようやっと、天秤が自分の方に傾いたと思った望みが、俺……って、それって、そんなの……俺には荷が重い……。