78<誘導>

「…………、ちゅ」
「ん?」
 ぎゃああちょっと待て今何を口走りかけた俺!!
「ちゅー? ちゅーって言ったか?」
「……だっ、な、何でもっ」
 思わず口からするっと出た言葉がよりにもよって、ちゅーだなんて! ありえない! マジありえない!
 っつか、ちゅーとか幼児言葉っ、いやキスとか言うのもこっ恥ずかしいけど!
 てか発音しやすかっただけだ! それだけだ!

「お前、切羽詰り出すと可愛いのな……」
「は!? あ!? はぁあ!?」
「もういい。うるさいから喋んな」
「うむっ」
 結局塞がれて、キスされている。
 いやもう慣れたけど。
 いや、慣れちゃまずいか……?
 あーとりあえず、高嶺のタイミングには慣れてきた。
「……、……ふ」
 高嶺の離れていく唇を思わず見たら、糸がひいてて、暴れたくなった。なんつうか、いたたまれなくて。

「くっそ、彰のやつ夏樹に勝手なマネしやがって……」
 高嶺は眉間にしわを寄せて呟いた。
「…………お、怒ってる?」
「怒ってないと思う理由は何なのか聞きたいぞ」
「えっ、いや、ごめん……、俺、ビックリして、抵抗できなかった……から」
「………………」
 高嶺はふと黙りこんで瞬きをした。

「……夏樹、お前に怒ってるわけじゃないから。安心しとけ」
「……あ……そ、そう……か? ……うん、しとく……けど」
 答えたものの、なんで怒られないのかがちょっと不思議な気がする。
 だって、普通……、自分の身くらい自分で守れ的な……、なんだろう、操立て? いや違うな……。あ、あれだ、貞操を守る的な。
 付き合ってる相手がいるのに自分の貞操守るとかいう行動を全くできなかった俺は責められても仕方ないと思うけどな……。でもまあ、本人が怒ってないって言うならいいか……。
「何か考えてるだろ」
「え、いや、別に……、え、なんで分かんの?」
「表情が素直すぎんだよ。言ったろ、お前は表情を作らないって」
「そ、そんなに分かるもん……?」
「いいから考え事はやめろ。集中すんのはこっちだ」
「うわっ」
 服ごしとはいえ、急に右っ側を摘まれて、思わず声が出た。

「ななっ、えっ、ちょっ、なんかもう終わりの雰囲気だったし今!!」
「アホか。全部上書きするっつたろ。他は何された?」
「いやっ、とくに何も!」
「特に何もっつー肌蹴けっぷりじゃねえだろ。……ベルトはー、ゆるんでねえな。上だけか?」
「いや何確認してっ、てかもう! あぁああもう嫌だ俺……!」
「何がだよ」
 憮然として呟く高嶺。
「もぉお毎日毎日っエロいことばっかしてる気がする……! 昨日も昼休みっ! 健全な男子高校生とはいえさぁっ! ここ学校だし! もう俺今さらだけど、はしたな過ぎるっ」
 俺は両手で顔を覆い隠して叫んだ。

「……どこの箱入り娘だお前は」
「ど、どうせ俺の恋愛思考は乙女系だよ! 姉ちゃんたちに洗脳されたからな! どうだ、お前に教える恋愛の仕方も乙女基準だ! ざまあみろ!」
「また始まった」
「何がっ」
「恥ずかしさ隠し」
 高嶺が言ってニヤリと笑う。
「あぁああ、そうだよ恥ずかしいよ、くそっ……もう、……ああ」
 俺がぶつくさ言ってる間に、高嶺の手が直接素肌をすってきた。
「う、あ、……いや、まっ、だからっ、心の準備がっ」
「お前の心の準備なんか待ってたら昼休み終わっちまうだろーが」
「は……ぅあ、……あ、俺……昼めし……食ってねぇぇ……」
「ちょっと待てそれは今言うことか?」
 俺の呟きはようやく高嶺のペースを崩せたようで、高嶺は呆れ顔で笑いながら俺の方に顔を近づけてきた。

「な、何……」
「俺の目を見ろ」
「え、目?」
「力は抜けよ。ほら、安心だろ? 俺がいるから、守ってやれる」
「……あ、あぁ」
 守って……、って、守ってくれるのか? 俺も一応男だし、俺も高嶺守る立場にはあるはずなんだけど……、まぁ、お互いにってことか。
 うん、まあ、安心するのは確かだ。
 あ、高嶺、目ぇ綺麗だな。
「何も怖いことなんかない。心配もいらない。俺のこと好きだろ?」
「……う、うん」
 うわ。何言わされてんだ俺。

「じゃあ、俺が嬉しいと、お前も嬉しくなる?」
「うん……」
 なんか、素直に頷きたくなるんだけど。
「じゃあ、俺が嬉しくなること、したい?」
「……うん」
 あー……れ?
「俺、お願い聞いてくれると嬉しいんだけど、聞いてくれるか?」
「うん」
「じゃあ……、彰に、宮野にキスの他何されたのか教えてほしい」
「キスの他……は」
 お、お、ぉおお?
「した……。きす……マーク……、高嶺の……昨日の、上から、また」
 あれ、すっごい普通に何を喋ってるんだ?
 なんか、さっきまですごい恥ずかしかったのに。
 なんで恥ずかしかったんだろ。

「あ」
「あ?」
 高嶺の呟いた一文字を俺は繰り返した。
「ぁンのヤロー、マーキングなんかしやがったのか!? マジしばくっ」
「え、ええええ、え!?」
 高嶺の視線が俺の目から外れて、胸元に移った。
「しかも俺のに上から重ねただと! アイツふざけんなよマジで!」
「うわわわわっ」
 高嶺の顔が沈んで、俺は慌てた。
「いやちょっと待てっ! なんっ、何だよいまの! なに俺喋ってっ! 高嶺お前何いまの誘導トーク! って、人の話……っつ!」
 なぜか急に恥ずかしさが戻ってきて、目をつむった。
 ……なんか、俺の皮膚、病院の世話になるようなことだけは頼むから勘弁してくれ……。

「……まさに上書きだな。他は?」
「…………ない……、もう、マジで……ない……」
 情けない声で小さな声を絞り出した。
「ホントだろな?」
「ホントだって……! ってか、何なんだよさっきのマジで! なに話術!? なんかすごい喋る気にさせられた気がする!」
 半分拗ねながら叫ぶと高嶺は半笑いで肩をすくめた。
「……話術っつーか、いや、お前の裏表のなさとか利用してな、誘導尋問が一番手っ取り早いと思って。それにちょっと催眠のプロセスをかるーく入れてみたらアッサリ効果テキメンだったから俺も面白かった」
「はあ!? 面白かったって何!?」
「お前、暗示とか超かかりやすそうなタイプな。お前の素直さからいくと、無理もないか」
「暗示ぃっ!?」
 何だそれ!? なんか卑怯くさい!

「さささ、催眠術かけたのか!? てかかけれんの!?」
「いやいや。あんなの催眠術に入るかよ。普通の奴からしたら只の屁理屈だ。お前だから暗示っぽい誘導尋問効果出たんだろ」
「な、なんか俺馬鹿みたいじゃねぇか!」
 必死に有りえなさを訴えるのに、高嶺はくすくす笑ったまま。
「…………くそ」
 なんか、もう、いっかって気になってくる。
 高嶺が楽しそうなら。

「あー、叫んだら腹へった……」
「もう時間ないな。昼飯どうする気だったんだ?」
「いや、購買行けばサンドイッチくらいなら売れ残ってるかと思って……」
「お前友達は? 一人でうろうろする気だったのか? なんで彰と一緒にいた?」
「いや、その、高嶺に……携帯の番号とか、教えてもらおうと思って……。二年の教室に行ったらお前いないって宮野先輩が……。教えてあげるからひと目につかないとこにって……」
「……うまい理由をこじつけたもんだな」
「あ、いや、……その、高嶺。別に先輩……、最初からあんなつもりでいたわけじゃなかったみたいで……」
「つもりじゃなかった?」
 高嶺の顔がふいに険しくなる。

「いや、いや、その、我慢っつか、その、告白、みたいなこと、するつもりなかったって……、でもなんか、感極まった系で……、なんか、…………色々……溜め込んでた、感じで……」
「……そりゃ、溜め込んでるだろうな、アイツは」
「そ、そういうのは知ってんだ?」
「何年アイツとつるんでると思ってんだ。彰はアホほど溜め込むタイプだよ。それはよくよく知ってる。……でもまさか、お前にマジ惚れするタイプとまでは認識してなかったな……」
「………………」
「だから、不安がるな。怒りに任せて絶交とかしねえから。ちゃんと話をする。……まあ、問題は深刻だけど、友情がぶっ壊れるほど致命的じゃねえよ。お前を好きになったからって嫌いになるようなガキの友情じゃないしな」
「……高嶺」
 気が付いたら名前を呼んでいた。

「…………俺、ちょっと、惚れ直したかも」
「え、マジ?」
 本気でかるく照れたらしい高嶺が聞き返したと同時にチャイムが鳴った。