79<他愛>

「さぁなっちゃん! 帰るよ!」
 結局昼飯を抜いたまま午後の授業を受けたら、ぐだぐだな放課後を迎える羽目になった。
 光が急に叫んで振り返ってきたのは、終礼は終了と樫村先生が宣言し、ようやく食糧調達に向かえると思った直後だった。

「あ……うん。どーかした?」
 早く寮のコンビニでおにぎりでも買おうかと思ってた俺はとりあえず頷いて、その後にハイテンションの訳を尋ねた。
「え!? どーもしないよ!? いやだけどさっ、親衛隊とか怖いしね、早く帰った方がいいよねって思って!」
「……昨日までそんなこと言ってたか?」
「いやいや甘かったんだよ、僕がね! 今日からは早く帰ろう! 喋るなら寮に帰ってからでいいし! さっ、要も! 早くっ、帰るよー!」
「………………」
 かばんを抱えて要の方にぱたぱた小走る光の後を俺は無言で付いていった。

 何かあったのはもろバレだけど、こうなったら光はこっちが確証をもってカマでもかけない限り話さないだろう。
「………………」
 まさか俺の友達っつーことで何か嫌がらせされたんじゃないだろうな。
「…………」
 俺を孤立させる為とか。
「いやいやいや」
 そんなことになったら喧嘩は避けるどころじゃない、こっちから吹っかけてでもシメてやるっつーのマジで!

「光、俺のことでなんか嫌がらせとかされてないか?」
「……へ?」
 ちょっとした間があってから気の抜けた声が返ってくる。
「…………いや、違うならいいんだけど」
 光の反応の仕方からして、どうやら俺の心配は杞憂だったらしい。
 もし本当にされてたら、もっとバレバレな返事が返ってくるはずだ。
「……なっちゃんっ、そんなこと心配しなくていいから! そんなこと警戒して友達やめるとか言ったら僕そっちの方が承知しないからね!」
「え、あ、あぁ」
 俺の杞憂は、光から思いも掛けない言葉を引き出したみたいで、俺はちょっと言葉に詰まる。
 親友どうのこうので過去のことに落ち込んでた俺って、もしかしたら馬鹿なのかな。
 今目の前に、こんなに俺のことを心配してくれる友達がいんのに。
 ちょっと、贅沢だったのかも。

「……さんきゅーな」
「えっ、なにが?」
「あぁ、うん、大丈夫」
「え? 何?」
 答えた俺に光は不思議そうに首を傾げた。
「二人とも、何の話だ?」
 かばんを手に持った要が、帰宅の為にざわつくクラスメイトたちの間をすり抜けてやってくる。
「あぁ、日頃の感謝を口にしたくなって」
「日頃の感謝って……何かしたっけ?」
「うん、無自覚なのが凄い嬉しい」
「え?」
「さ、帰ろうぜ。光も張り切ってるし」
「え、ちょ、待ってよなっちゃん!」

 率先して下校しようとしていた光よりも先に教室を出た俺を、光は要の腕を引いて慌てて追いかけてくる。
「なっちゃん何かあったの? なんか変じゃない?」
「光の変さより変じゃないし。光こそ何かあったか?」
「えっ、なななな、何もないよ!?」
「なんで疑問系かな。おかしいよな? 要」
「うん。なんか昼休みからおかしい」
「えっ」
 どうやら光の様子には当然のごとく要が真っ先に気付いていたらしい。

「ななな、何もないし! 何言ってんの二人とも!」
「光、それ不自然すぎるから」
「夏樹、俺が後で聞き出しとく」
「うん、頼んだ」
「えええええっ」
 何がそんなに変だったのだろうと悩み始める光を真ん中にして、校舎を出た。

 5月ももう終わりで、来週には6月になる。
 制服が夏用の半袖OKになるのも来週かららしいけど、俺はどうしよう。
 実は腕の方、っつっても肘くらいまでだけど、少し、傷跡がある。
 女じゃあるまいし、別に気にしやしないけど、これどうしたの? って聞かれる回数はなるべく少ないほうがいい。
 ちょっと面倒くさいしな。
「二人って来週半袖着てくんの?」
「あ、衣替え? そうだなー。天気にもよるかなぁ。教室って結構クーラー効いてるから暑くないしね。いつもどうしてたっけ?」
「……俺にどうするか聞いて、俺の答え通りにしてたじゃないか。毎年」
「そうだっけ?」
「毎日次の日の気温調べて答えてたんだけど。あんまり俺の苦労には気付いてなかったみたいだな」
「えっ、そうなの!? ごめーんっ!」
「あはは。じゃあ要、気温調べたら俺にもメッセージくれよ。楽でいいや」
 必死に謝る光の隣から、俺は笑って要に声をかけた。

 要は憮然として肩をすくめる。
「なんか損な役回りだな……」
「あはは。まぁ俺、とりあえずまだ長袖のまんまにするから当分はいいけど」
 もっと暑くなってから考えりゃいいかって思う。
「結局そのうちしなきゃなんないのか……」
「えー嫌ならいいけどー」
「……数字だけ送信ってアリ?」
「えっ、何その超面倒くさい感丸出しの感じ?」
「……冗談だよ」
「いや、こっちだって冗談だよ」
「知ってる」
 にやっと笑う要の制服を引っ張りながら、光はまだ謝っている。
 他愛もない会話が俺にはなんか嬉しい。
 そうこうしているうちに寮に着く。

「あ、俺コンビニでちょっとなんか買ってくから。ここで」
「晩御飯? そっか、今食堂行きにくいもんね」
「いやまあ、俺晩飯まで食堂利用するほどセレブじゃないから」
 昼休みに利用できる食堂は、実は夜にも営業しているらしい。
 寮から校舎の方まで行く面倒さえ気にしなければ結構豪華なディナーが楽しめるらしいけど、俺はそんなのあんまり考えてなかった。
「節約ってこと? でもほとぼり冷めたら三人でたまには行こうよ」
「……あぁ、そうだな。たまにはいいかも」
 友達と晩飯ってのは楽しいから、それ目的なら節約放棄もいいかもしれない。

「じゃ、二人とも仲良くな。俺に言われるまでもないだろうけど」
「全くその通りだ」
「えっ、えっ」
 俺の軽口に同じように軽く答える要。その意味にあたふたする光とその手をひいて寮の二階に上がっていく要の二人を、俺は見送った。
 別れ際にさっきの件は連絡すると言われて、俺は改まって応と答える。
 さっきの件、つまり光の隠し事。
「………………」
 ……そうか。連絡が来るのか。
 あんま登録されてる連絡先は多くないけど、連絡できる相手はいるんじゃないか。

「………………」
 あとで、高嶺にも何かメッセージ送ってみよう。
 用件は、そうだな、たぶん俺と同じで昼飯食いっぱぐれたろうから、それ謝って、……あと、宮野先輩とのことどうなったかとか……。
「…………あぁ」
 駄目だ。また気分が落ち込んできた。
「とりあえず腹ごしらえだ」
 考えるのはそれからにしよう。腹が減ってると気分もロクでもないほうへ行く。
 おにぎりにしようと思っていたけど、どうせ昼飯兼晩飯になるんだからと弁当を適当に選んでレジに持っていき、会計を済ませてコンビニを出た。
 かなり早く下校したおかげで、まだ寮内に生徒の姿はほとんどない。
 確かに光の言うとおり、早く帰るってのはいいかもしれない。
 いつもの時間なら、ちらほらいる生徒の視線がうっとおしかったはずだ。

 それに、待ち伏せされることもない。
 昨日の朝も、帰った時も、今日登校した時も待ち伏せされてたけど、さすがに今日は誰もいない。
 終礼サボるくらいしないと待ち伏せできない時間帯だもんな。
「っあー、メシだメシ!」
 部屋に帰ってかばんを下ろして即、弁当を電子レンジであっためる。
 その間にネクタイ外してシャツを脱いで手を洗い、ラフなTシャツ姿になった俺はズボンはもう制服のまんま、あっため終わった弁当を取り出した。