85<愛>

「……き、夏樹」
「…………ぅ、あ」
 目を開けたら、高嶺の声がして、あったかくて、抱きしめられてるのに気が付いた。
「う、うぅ……」
 さっきまでの辛さはなくなってて、体はだるくて仕方ないけど、息はまあ、普通にできた。
「……お、まえ……、お前ぇえ」
 どうなったのか思い出してくると、手首のタオルが外されてることにも気付く。
 やっと前のを外してくれて、イケて、それで失神なんかしてる間に、とってくれたらしい。

「お前ぇえー……」
 俺を抱きしめながら肩に顔を埋めている高嶺の表情が見えない。
「ぇ、え……、ぅえ、ぅあー……たかみねぇえ」
 あぁ、マジで、ボロボロの涙、出てきた……。
「……夏樹、やっぱ」
「すきだぁー……ぁ、ぅぁあー」
「………………」
 高嶺の不安なんか、くしゃっと丸めてポイ捨てしてやる。
「なつ」
「す、すげ、こわっ、……マジで、ど、どこまで、すんのかって……っ、ぅえ、うええ」
 馬鹿みたいな、ガキみたいな泣き方してる気がするけど、まあいいや。今さらすぎる……。

「バカみねぇえ、お前はもぉお……隠れヘタレかぁあ」
「か、隠れヘタレって……」
 高嶺がぐっと体に力を入れたのが分かった。
「何だそれ……」
「普段俺様なくせにっ、変なとこでびっくりするくらいヘタレてるから!」
「………………」
 高嶺は無言で何かを考えてるみたいだった。
 でもその思考が変な方向に向かう前に、俺はまくしたてることにする。
「けど好きだっ! 変わってない! すっげえ怖かったし嫌だったけど! あんなん二度とゴメンだけどでもっ、お前が元気になるなら何度だって覚悟決めるし……!」
「………………」
「でも当分はゴメンだからな……! とりあえず二、三年は今の分で安心してろ……! 安心して好かれとけ馬鹿っ!」
「…………」
「好きだ!」
「………………とりあえず二、三年って……、すげえ先長くて素敵だな」
 高嶺は、ゆっくり俺から体を起こして額にキスをしてきた。

「……泣いてる」
「うっせえ誰の為だと……っ」
「俺のせい、じゃなくて、俺の為、なんだな」
「……そんな違い、知るか」
「俺が違うって思ってりゃいいんだよ」
 また、キスをされた。
 額から目に降りてきて、涙の跡をたどって唇が重なる。

「……夏樹」
「何だよ」
「愛してもいいか?」
「あっ!?」
 愛っ!?
「あああ、愛!?」
「そう、愛」
「愛っ?」
 え、恋とか好きとかじゃなくて? 好きになっていいかとか、好きでいてもいいかとかそういう質問じゃなくて!? あえて愛してもいいか!?

「……い、いい、けど」
「いいって?」
「あ、愛してもいい……」
「マジで?」
「なんっ、何なんだよっ!? 気持ち悪いなっ」
「好きです、より、愛してる、の方が、俺的に好きだ」
「………………」
「愛してる」
「……っ」
「うわ、顔まっか」
「だっ、でっ」

 駄目だこいつ! さっきまであんなにしょぼくれてたのに! 元気になったとたんコレだ! ちょっとヘタレてたくらいの方が可愛げあんのに!
「お前も言う?」
「言う? って何そのレッツセイハローみたいな!」
 俺がツッコミを入れると、高嶺は瞬きをした。
「…………こんにちはって言いましょう?」
「直訳しなくていいんだよ!!」
 勢いで言っただけだから!!
「じゃあ、レッツセイ、アイラブユー?」
「疑問系おかしいし!」
「早く」
「…………っ」
 出しっぱなしの湯の音が、風呂場に響いている。

「……っ」
 俺はそれをひっつかんで高嶺に向けた。
「っわ!」
「あーいしーてるーう! どうだ満足か!」
「え!? 何聞こえねえ!」
 先を指で押さえて放水した湯をかぶりながら高嶺は湯を止めようと手のひらでガードしようとしている。
 激しい水音で聞こえなかったらしい。
「愛してまーすよー、くらえっ、さっきの礼だ!」
「ちょっ、おまっ! せっかくちょっとムードっ! これこそマジで水遊びじゃねえか!」
「どーせズブ濡れだしいいだろ!」
「ちょっ、ホース返せてめえ!」
「ざーんねーん、俺の部屋の風呂場ですー。俺のですー」
「夏樹ーっ」

 きゃー、とか白々しい悲鳴を上げあいながらひとしきり楽しんで、さっきの疲れもあったせいで俺は床に転がった。いやあんまり足腰立たなかったから最初から最後まで座ってたけど。
 金持ち学校の寮のおかげで、風呂場は男が二人ではしゃげる程には無駄に広い。
「……この年で風呂場で水遊び、っつーか湯遊びって、何なんだ俺ら」
 寝転がった俺の傍で高嶺が言う。
「俺はまだ若いしー」
「は、って何だよ。……つか、お前1年だけど年は同いだろが」
「お前より3ヶ月年上ー」
「くっそ、それマジで屈辱だ」
 高嶺は本当に悔しそうに濡れた髪をかき上げている。

「高嶺誕生日いつ?」
「……むーかっしの体育の日」
「体育の日? むかしって? あれいつだっけ?」
「前は日にちで決まってたんだと。10月10日。今は10月の第二月曜日になってるけどな」
「何だそれ中途半端な記念日ーっ」
 そういえばそんな話聞いた気がする。
 ハッピーマンデーだか何かで、体育の日は毎年日にちが変わる祝日なったとか。
「中途半端で悪かったな」
 高嶺はふっと笑いながら、俺の上に身を乗り出して、髪をすいてくる。

「そういうお前はいつなんだよ」
「……へっへー。お前よかちゃんとした記念日だよ」
「7月だろ? 海の日? あ、あれも月曜になったんだっけ」
「違う、七夕」
「……七夕?」
「そう。7月7日」
「………………あっはっは、乙女チックな日に生まれたなあー。確かに旧体育の日よりちゃんとしてるわ。インパクトあるし」
「だろ?」
「けどそりゃ記念日じゃなくて、節供っつーんだよ」
「……どっちでもいいじゃんか」
「まあな」

 なんか話題が尽きて、ふいに見つめあうはめになる。
 高嶺の目が自然に近付いてきた。
「……ん、ぅ」
 風呂場の床に裸で転がって、何やってんだか。
「……こし、いってえ」
「あ、やっぱ初めてだったしな。大丈夫か?」
「いや大丈夫ってどういう状態指してる? 言っとくけど、俺、立ち上がる自信ねえよ……」
「マジ? いやー、素質はバッチリでも、体力的な話は別物か」
「……素質って何」
 俺も聞かなきゃいいんだろうけど、ツッコミを入れずにはいられない性格なわけで!

「……そりゃまあ、こういう、セックスの?」
「んな素質認めねえ!」
「いやいや、お前すげーから。初めてなくせに、ドライでイったしな」
「……ドライ?」
「射精なしでイクやつ。後ろの前立腺刺激で。普通は開発しねーとできねーもんらしいけど」
「…………なっ、おっ、お前がそんだけ無茶したっつーことだろ!」
「うん。愛も大事らしいからな。後ろでイクって」
「な、あ」
「夏樹」
「なにっ」
「ありがとな」
「………………」
 急にそんなさわやかな笑顔で言われたら、黙るしかないし……。

「……やっぱ、怖かっただろ。ごめんな。ありがとう。……でも、…………なんか、……お前とできたの、……嬉しかった」
「……う、うん」
「好きだ。……愛してる」
「…………うん。……あ……お、俺も、……あ、…………ぁ」
「ん?」
「あ、愛して……る」
 ……必死に呟いた。なのに。
「ふはっ」
 高嶺に吹き出されてショックを受けた。
「ちょっ、人がせっかく!」
「やっべ、マジどこまでも落ちてけるわ」
「は、何?」
「いやー、とりあえず」
 言いながら、まだお湯を出し続けるホースを床から拾い上げる高嶺。
 俺はまた水遊びかよと身構えようとした。
 ところを、肩を高嶺に押さえられ、とりあえず床に留められる。

「……何?」
「おう。後処理、しねーと。俺、中に出したし」
「………………は?」
「あ、出した時、もう意識飛んでたか? いや、実はそうなんだ。ちゃんとかき出さないと」
「……え、ええ!?」
「お前、やり方なんて分かんねえだろ? 大丈夫、手伝ってやるから」
「………………」
「やり捨て放置なんて絶対しねえから。これからもずっとな」
「………………」
 高嶺の笑顔が、すごい、嫌だ。
「じゃ、手ついて後ろ向きな」
「……………………」
 もう中でなんて二度と出させねえと思う前に当分本番はやんねえと心に誓わないと、やってられそうもなかった。