86<譲歩>

 次の日が学校だったら俺はマジで死んでたと思う。
 ちょうど週末で休みだったから助かった。
 よろよろしながらゆっくり歩くのはできても、日常生活を何気ない風に過ごせって言われたら、即行ギブアップしてたのは間違いない。

「なっちゃんホントにもう大丈夫なの!?」
「……おう」
 日曜にメシに誘ってくれた光に風邪引いたからパスとか無難な言い訳をしたせいで、昨日の夜は二人が看病と称した見舞いに来て、風邪引きのフリをするのが大変だった。
 でも美味い雑炊を作ってくれて、ちょっと嬉しかった。
 作ってくれたのが意外にも要ってのにも驚かされたけど。
 ってか、光は料理が壊滅的らしい。
 基本も押さえてないくせにすぐに創作料理に走ろうとして凄いことになると要は言った。

「要の雑炊で栄養付いたしな」
「そっかぁ、良かったねぇ要、お手柄だよ!」
「……というか、昨日の時点でほとんど治りかけてたよな?」
「うん、まあ」
 登校するのになぜか部屋の前まで迎えに来てくれた光と要はすでに半袖の夏服を着ていて涼しげな感じがする。
 二人と緩い会話をしながら登校し、とりあえず机に落書きはされていなくて安心した。
 ……いや、光たちが心配するだろうしさ。

「そういえば、今日の体育どうするの? 見学する?」
 席に鞄を置いた直後、光が振り返って尋ねてくる。
「え?」
「病み上がりでしょ? どうするの?」
「……いやいや、全然大丈夫。出るし」
 そういえば先週も、保健室で着替えるっつって五十嵐に遭遇して休んでるんだ。
「じゃあ、保健室で着替えるの、付いてくね!」
「……あ」
 そういえば、そんな話してたな。

「マジで? ホントに来んの?」
「なんで? 駄目?」
「……男三人で保健室に着替えに行くってのもなんか微妙なイタさが。……俺への反発が増長して二人巻き込んで変な噂にならないか?」
「えー、イタいかなあ? なら僕と二人にする?」
「……それどういう意図で?」
「うーん、要となっちゃんだと、うちの学校、またそういう意味で噂立つだろうしなーって。ほら、僕と付き合ってるの、なんか結構普通に知られてるみたいだし」
「…………」
「でも僕となっちゃんだと変な噂にはなんないじゃない?」
「なんで?」
「だってみんな同じ役って思うよ」
 あはは、と光は軽いノリで笑った。

「役って……」
 それは、それで、やっぱり、そういう意味、なんかな。
「あっ、ごめん! 嫌だよね! なっちゃんノーマルなのにっ、ごめん!」
「いや……もう、その辺は……」
 自分には嫌がる資格はすでにないと思う。……うん。……あぁ。
「高嶺が男役から不動だからな……、あいつと噂が立った時点で、俺は問答無用でそっちだよ……、もう、それは……いい、大丈夫」
 俺の見た目がいくら根暗でうっとおしそうでも、身長と体格が全部モノを言うんだろう。
 ……じ、実際、そうだったわけだし、俺はもうぶーぶー文句言える筋合いじゃないわけだ。
「あれ……、なっちゃん、会長となんかあった?」
「……えっ、なんで!?」
 ふいに光にサクっとクリティカルヒットを放たれて、声がひっくり返りそうになった。

「え、いや、なんか、会長なんて有り得ないーって感じが無くなってる気がして」
「………………」
 ……光って、凄くないか?
「どうかしたのか?」
 鞄を置いて、教科書をしまい終わったらしい要がやってくる。
「あ、要。……聞いて聞いて! なっちゃんがさあ」
「いや、いいから光! 大声で話すなって……!」
「あ、ごめんっ」
 教室の中はもう半分くらいが登校してきてて、何人かがちらちらとこっちに視線を向けているのが分かる。
 そんな中で俺と高嶺が何か進展したらしいなんて話をしたら、噂がまたどんな一人歩きを始めるか分かったもんじゃない。

「……何の話?」
「いやー、なっちゃんが会長と何かあったみたいで」
 何かあったかどうかじゃなくて、あったことはもう決定なんだな、光。
 なんつー勘のするどさだよ……。
「何、なんかあったのか?」
「………………」
 駄目だ、絶対言えない。言えるわけがない。
「この前も昼休み話があるって呼ばれたじゃない? その時もあんまり嫌がんないで行ったから、どうしたのかなーって思ってたんだよ」
「そういえば、そうだったなぁ」
「………………」
 い、言えない! 絶対無理! 実は付き合い始めたとか……! 恥ずかしくて言えない……!

「……なっちゃん?」
「とっ、……友達っ」
「友達?」
「と、友達……っ、に、くらい、なら……いっかな、って……」
 声がひっくり返りそうで心臓がドタバタ暴れてる。
「友達? 会長と友達になったの?」
「そ、そう……っ」
 今はまだ、このくらいで勘弁してくれ、高嶺。
「うわー、すっごい、友達っ? 会長と友達っ? ちょーカッコイイなっちゃん!」
「え、え、え」
「何それ、なんで!? なっちゃん絶対有り得ないーってさぁ、顔も見たくないみたいな嫌いっぷりだったのにー! なんでー!?」
「光、声抑えろって、夏樹の立場も考えろ」
「うわ、ごめんっ、興奮しちゃった」

「……あー」
 普段なら光の興奮とやらにツッコミを入れてるところなのに、思ってもみなかった突然のミニピンチに俺の思考は追いつかない。
「で? なっちゃんホント何があったの?」
「…………べ、別に」
「別にって感じじゃないじゃんっ」
「いや……、普通に……、あんま、ヤな奴ってわけでも……ないんだなって、思って」
「え、え、それは何でそう思ったの?」
「…………」
「会長は友達で満足してないでしょ? お友達から始めましょうって乗り切られちゃったの?」
「…………あー、そう……そんな感じ……」
 俺がいつぞや綾瀬たちにした言い訳と同じ話が出てきて、俺はとりあえずそこに妥協点を見出した。

「きゃー、なっちゃんソレやばいってー! 最初流されたら結局最後まで流されちゃうよー! 嫌なら嫌ってハッキリ言わなきゃだよ!」
「お、おう……」
 とっくの昔に流されきってることをカミングアウトできる日が来るのかどうか、全然想像がつかない。
「……ふーん、まあ意外だなぁ。夏樹も会長も譲歩したのか」
「俺も高嶺も?」
 手を顎に当てて思案のポーズをしながら呟く要。
「いや、会長はアレで基本的にカリスマだからさ。本気出したら友達としての信頼くらいは誰とでも築けるだろうとは思ってたけど……、夏樹に求めてんのは違う方だったから簡単じゃないと思ってたんだ。だから会長もまずは友達関係ってことで譲歩したんだろ? それに夏樹も乗ったんじゃないのか?」
「…………あー、そうそう、そんな感じ」
 真実を伏せる為に、無難な想像を俺は適当に肯定した。

「……なんか夏樹も隠してるっぽいよな」
「えっ、何がだよ」
 ふいに呟かれた言葉に、動揺を隠しきれたか定かじゃない。やべえ。
「何って、光の隠し事の時と同じ気配がする」
「け、気配?」
「つか、雰囲気っつか、違和感っつか」
「何かおかしいか? 俺」
「……病み上がりだからかな。ちょっと反応がいつもと違う」
「ち、違うか? あー、うん、そう、病み上がりだからだって。あ、そういや光の隠し事って結局何だったんだよ?」
 必殺、話題変え。
「それがコイツさー」
 見事に決まって話の向きは俺からそれた。……ああ、危なかった。

「全っ然言わないんだよ、本気で」
「え、そうなの?」
「ちょ、要っ、僕ほんとに何も隠してないからっ! 隠してないものをどうやって言えって言うのさっ」
「とまあ、ずっとこんな感じ。色々試したんだけど効果なくてな」
 言いながら肩を竦める要の隣で光は顔を真っ赤にしている。
「ちょっ、なんてこと言うのさ要っ!」
「ん? 何か変なこと言った?」
「変って……っ、色々とかそんなのっ、ばか!」
 さらりとかわした要と対照的に焦っている光を見て、数秒置いて俺はだいたいの事情に思い至る。
 ……そりゃー、恥ずかしいよ要。そんな意味深なことを友達の前で言われたらさ……。
 俺だってもし高嶺にそういうことをこの二人の前で言われたら羞恥のあまり憤死してる気がする。
 ようするに、この週末は熱かったわけだ二人とも。

「………………」
 いつもなら光をからかって話をまとめてるはずなのに、気持ちが分かるようになってしまったら、そういうわけにいかない。
「あっ、ちょっとなっちゃん何で無言なの!?」
「え?」
「変な想像しないでよもう! ツッコミ入れてくれないと僕いたたまれないじゃない!」
「あぁ、ごめんごめん」
「やっぱ変だよ夏樹。ぼーっとして。まだ辛いんじゃないのか、風邪」
「えっ、いやいや、大丈夫!」
 もともと風邪自体嘘なんだから、辛いわけがない。金曜の夜のダメージはさすがに回復してるし。
「ほんとー? やっぱ体育見学した方がいいんじゃ……」
「大丈夫大丈夫!」
 そんなやりとりをしている間にチャイムが鳴った。