89<お仕置き>

 光ががしっと腕を掴んできた。
「じゅっ、授業始まるので……!」
 そう叫び、郷田たちの答えも待たず光は走りだす。
 それに引きずられるように、半分つんのめりながら俺も走った。
「あっ、じゃあ安達くんまたメールするからー!」
 そんな声が後ろの方から聞こえてきて、光が体に力を入れたのが腕から伝わってくる。

「はぁ……はぁ、あ、あの、さ……」
 教室の前まで来てやっと立ち止まった光が話を切り出してきたのを、俺はとりあえず聞くことにする。
「か、要には言わないで……」
「……えーっと、どの辺を?」
 まだ詳細を把握していない俺はそんな風に答えた。
 どうやら郷田と携帯でやりとりをしてたらしいことは分かったけど、そこに至るまでの経緯自体は全く想像がつかない。
「どの辺ってあの……メールしてたこと……」
「……あのさ、なんでそんなことになったのか聞いてもいいか?」
 要に言うなってことは、要に隠れて連絡してたってことだ。そんな事態がまずビックリだっつーの。

「…………要には、内緒にしといてくれる?」
 光は申し訳なさそうに俺の方を窺いながら、そうポツリと呟いた。
 そんなに、知られたくないのか?
「……要に秘密とか持ってて光は苦しくねえの?」
「くっ、くるしぃけどっ! でもだって……! 無理だよ、そんな!」
「無理って何が?」
「自分で言うのなんか無理っ!」
「……自分で言うのが?」
 なんか、光の論点はズレてる気がする……。なら、俺が言うのは有りなのか?

「だって要は無視しろって言ったんだ! 僕もそん時は当たり前だよって言っちゃったし……! でも後から考えたら! 僕っ、先輩の前じゃ要に任せっきりでハッキリ言わなかったからいけないのかなって思って……!」
「いやちょっと待てどこが話の始まりだ!?」
「もらったんだよ! 先輩から! メルアド書いたメモ! 仲良くなりたいとかっつって! 要は無視しろって言ったんだけどっ、僕目の前に立たれると焦ってハッキリもの言えないことばっかだったからっ、メールならハッキリきっぱり断れるかと思って! ついメールしちゃったんだ……!」
「あー……」
 ……そういうことか。俺の知らないとこでいつの間にかそんなことになってたんだな……。……しちゃったのか。……メルアド、知られたってことか。……あはは、笑い事じゃない。
「そしたらそれも上手くかわされちゃって……! もう意味分かんないんだけどホントに仲良くしようとかってメール来てっ、要が一緒だとホントに僕が本心から断ってるのか信じられないって言ってきて! 僕だけでちゃんと話ができるまで諦めないとかっ! 放課後迎えに行くからとか一方的にっ!」
「………………」
 それで、この前あんなに大急ぎで下校を促したのか。先輩たちが来る前に帰ってしまおうと。

「先輩とメールしたこと要には言ってないんだ……っ、するなって言われたのにしちゃってっ、しかも甘い考えで案の定状況は悪化してるしっ! 絶対怒るもん……!」
「……別に怒んないだろ。思うところがあってメールしたわけだし。結果が上手くいかなかっただけで」
「ちがうよっ! そんなわけないよ! 要は僕のこういうとこ笑って許したりしない……!」
「……そうなのか?」
 光の断言に気圧されそうになりながら、俺はようやっとその一言を返した。
 要ってそんな光に対して厳しいように見えないけどな。
 どっちかっつーと甘やかす感じの……。
「そうだよ! 分かってるのに言うなんて無理っ! そんなの恥ずかしすぎて絶対無理……!」
「……恥ずかしい?」
 どっから出てきたんだ、その感情は?

「恥ずかしいよっ! だってお仕置きされるの分かってて言うなんて僕ねだってるみたいじゃないか……!」
「………………」
 ちょっと待て。
「……………………」
 ……お仕置き?
「お仕置きって言った?」
「あ! いや言ってない! なんでもないっ」
「………………」
 頼むから、否定しないで何か別の事で誤魔化してくれないかな。
 でないと俺、……そっちの方にしか想像が行かねえ……。
「な、何っ、変な想像しないでよなっちゃん! ちがうから!」
「何も違わないだろ」
 突然振ってきた声に、俺たちはそろって体をビクつかせた。

「……要」
「…………」
 呟く俺とは反対に、光は呆然として固まっている。
「お前たち、でかい声で騒ぎすぎ」
「……今の、聞いて」
「聞こえた。あらかた」
「………………」
 光の顔は、真っ青じゃなくて、真っ赤になった。

「あ……あぅ、……あ」
「そんなにお仕置き期待してるんだ?」
「…………」
「………………」
 光も俺も、それぞれ違った意味で沈黙する。
「……あのメモ、捨てろって言ったのに、結局メールしたんだな」
「あの、それは……、こ、ことわろ……と、思って……」
 光の言い訳をよそに、いきなりチャイムが無情にも鳴った。
「………………」
「………………」
「話は放課後、部屋で聞くから」
 単に恐ろしいのとは違う意味で恐ろしい要の声を初めて聞いたと俺は思った。