91<ピンチ>

 昼飯をいつもの三人で中庭の隅のベンチで食べてたら、ぴんぽんぱんぽんと放送のチャイムが鳴った。
「…………」
 校内放送にトラウマがある俺としては一瞬どきっとしたけど、チャイムが鳴ったってことは普通の放送のはずだ。
『お呼び出しのお知らせです』
 案の定、普通の生徒らしいやつの大人しい声がする。
『1年B組、萩迫さん』
 ぴた、と俺たちは同時に箸を止めた。

『1年B組、萩迫要さん。お電話です。至急事務室までお越しください』
「…………あぁ、俺か」
 少し間があってから要はそう呟いた。
「誰だろ。携帯に連絡くれればいいのに」
 最もだと思う。
 面倒そうに立ち上がった要を見上げつつ俺は半分首を傾げた。
「なんか緊急か? 嫌な報せじゃなきゃいいな……」
「あー、うん。……もしかしたら、空手の先生あたりかな。試合の申し込み相手が大物だったりすると、興奮して見境なくなったりするんだ」
「へえ」
「前にも何回かあったしな。携帯は着信表示が先生だと、学校の時間は出ないの分かってて」
 そんな風に説明しながら要は少し困ったように笑った。

「すぐ戻る」
「あぁ、待ってる」
 軽いやり取りをして要を見送った後、俺はぼうっと要の後ろ姿を見ている光を振り返った。
「……えーっと」
 二人っきりになったのはチャンスだ。
「ごめんな」
 もちろん、昨日受けたであろうお仕置きに対する謝罪の。
 だがしかし。
「…………な、なんのことかなぁ」
 光はぎこちなく何でもない風を装って箸を動かし始めた。
「……いや、いいや」
 光が話題にしたくないならその意志には従うべきだろう……。

「やっぱうまいなー。このだし巻き」
「やっぱ要って鍛えてるし、体力も半端ないよね……」
「ぅエっほ」
 話題を変えた方がいいんじゃなかったのかというツッコミは、むせかけたせいで言葉にならなかった。
「あー、えー、……何から話す?」
 そんな間抜けな問いかけしか出てこない。
「あのねー、言ったことあったかな。要ってねえ、毎朝早起きして稽古してるんだよ。空手の」
「あ、空手の話?」
「日々の積み重ねだって言って。でもさすがに今日までやるとは思わなかったんだよね……」
「…………」
「僕も鍛えようかなぁ」
「…………い、いいんじゃねえの」
「あのねー、もうねー、ぶっちゃけご想像の通りだよ。もーいいや、なっちゃんだもん。隠したってしょうがないや」
「あぁ、やっぱそっちの話……?」
 二転三転する光の話運びに俺はいまいちついていけない。

「ていうか聞いてほしいってのもある。僕らって今まで僕らだけだったから、こういう時なっちゃんの存在がすごい偉大だよね」
「…………」
 すごい過大評価された気がするんだけど、そもそもの原因は俺じゃなかったか?
「もうね、鬼だよ鬼。ああいうのをキチクって言うんだよ」
「要がきちく?」
「まぁ、お仕置きの時だけだけど……」
「…………」
 何があったのが、想像してしまいそうで、してしまいたくない気もする。

「……あのさ、光。今度先輩たち来たら俺が話つけるよ」
 とりあえずそこんとこだけでもハッキリさせておこうと話を切り出した。
「えっ、ばらすのっ? 駄目だよそんなの!」
「光がお仕置き受ける方が駄目だ」
「ちょっ、それは言わない約束でしょ!?」
「それいつ約束した?」
「なんでつっこむの!」
「えぇっ?」
 わけの分からない光の言い分に対抗する術がねえ。
 とか思った時だった。

「あ」
「え?」
「やあ、安達くん」
 噂をすれば的に現れた郷田とその仲間たちに顔がひきつった。
「食事中に悪いんだけどさあ」
「ちょっと付き合ってほしいんだ」
 あっというまに四人に囲まれ、嫌な予感なんてものを通り越して、本能が警鐘を鳴らし始めた。
「大丈夫、ちょっと話がしたいだけだから」
「は、話なんて」
「場所移そうか」
 言うなり強引に光の腕を掴んだ郷田の手に思わず手が伸びていた。
「いい加減にしろよ」
 ベンチから立ち上がり、郷田の手首を掴んで光から無理矢理引き剥がす。
「……何するかな」
 郷田は眉をぴくっと上げながら俺の腕を振り払い、睨んできた。

「……君、あれだよねぇ。新聞部の号外に出てた転校生」
「それが何か」
 もう歌のことに関してまで話をつけるつもりで俺は負けじと睨み返す。
「うわ、何その意外な生意気さ」
「…………」
 やっぱりこいつの本性はこうかと妙に納得している自分がいた。
「あのですね、先輩。ひとつ解いておきたい誤解があるんですが」
 まあなるべく穏便に済ませられるならと、一応敬語は崩さずに対応する。
「何? 俺たち君に用はないよ?」
「いや俺の方がありますから」
 すかさず切り返した俺に、郷田ははあーっと深いため息をついた。

「……面倒くさそうだね君。生意気だし。放置するのもリスクあるか」
「は?」
 郷田の言葉の意味を推測しようとして。
「馬場。コイツごとでいいや」
 さらに意味の分からない言葉に首を傾げかけた一瞬だったように思う。
「オーケー」
 ど、っという重い衝撃だった。
「……っ」
 いきなり鳩尾をえぐられて、防御も何も、完全に不意を突かれたダメージは絶大すぎた。
「なっちゃん……!!」
 視界はすげえグラついてるのに、声だけは嫌にハッキリ聞こえる。

「な、何するんですか!!」
「騒がれても困るからねー。せっかくあのボディーガード追い払ったのに、俺らが拉致ったこと知らせに行かれると困るからさ」
「ななななっ」
 ベンチと、地面が、目の前にある。
 立てない。
「で、電話って……!」
「そ、俺らが親戚名乗って電話したの。さ、戻ってくる前に場所変えるよ? もちろん、大人しくついてくるよね?」
「つ、ついてなんか……!」
「あっそう? じゃあ一人で逃げる? この転校生くん、僕らは用ないけど、生徒会のファンの奴らはかなり用あるよなあ」
「ひ、卑怯だそんなの……!」
「そう? だって安達くん、全然誘いに乗ってくれないし、頑張ってメールしてるのにそれも無視するし」
「ひか、る……いーから……」
 しにくい呼吸の合間に声を絞り出した。
 こいつらの口車に乗せられたら駄目だ。
 俺を置いて逃げることになっても、今すぐ萩迫を追いかければ郷田たちの横暴はすぐ明るみに出る。一番問題なのは、このまま二人とも拉致られて、それが誰にも気付かれないことだ。
 なのに。

「そんなことできないよ……!」
 光は半ばパニックになっているのか、真っ青な顔でそう叫んだ。
「ひか……」
「君ちょっと黙って」
「ッ」
 何をされたのかよく分からなかったけど、こめかみの辺りが熱くなって、視界も体の感覚もどっかに行った。
「やめて!! 行く! 行くから……!!」
 声だけ聞こえてきて、それがヤバイことを言ってるから何とかしなきゃいけないのに、何をどうすればこの状況から何とかなるのかサッパリで、焦りだけがつのっていく。

 ……やばい。やばいこれ。
 ピンチだ。
 そんな稚拙な状況把握をしたあと、声も遠くに行って聞こえなくなった。