92<人質>

 落ちていたのは一瞬で途中でなんとなく意識は戻った気がする。
 隣から話しかけてくる光が片側を支えてくれてるのが分かって、もう片側に馬場だか誰だか、とにかく俺に先手必勝をかましてきた奴がいて、言いなりになるわけにはいかねえと腕を振り払おうとしたら足がよろけて更に支えられる羽目になった。
「いい加減大人しくした方がいいぞ転校生? ほら、安達くんなんて君のこと心配して健気じゃないか。君も安達くんのこと心配だろ?」
「…………」
 なんつう脅し文句だと思いながらも、俺は黙って大人しくする方を選ぶ。
 暴れてこれ以上ダメージを与えられるより、大人しくしてダメージからの回復をはかってから反撃に出る方が賢いと思ったからだ。

「はい、さっさと入って」
 視界がまだ狭くて部屋のプレートは確認できなかったけど、開けられたドアの向こうの光景が、そこが放送室であると示していた。
 郷田たち以外にも、何人か人がいる。
「……さ、佐倉くん?」
「え……」
 ふいに中から名前を呼ばれて、相手を確かめようと目を細めて焦点を合わした。
「……お、ぐ……ら?」
 小倉だ。綾瀬たちの連れの。
「あれ、なんだ君ら知り合い?」
 愉快そうな郷田の声がする。

「なんで、お前がここに……」
「小倉くんは放送部員なんだよねえ? ちょっとお願いして、俺達の為にこの部屋貸してもらったんだ」
「そうそう。かるくお願いをさ」
「…………」
「小倉……」
 脅されたんだとハッキリ分かった。

「じゃあ小倉くん、もうしばらくここにいてくれるかな? 君に危害は加えないし、終わったら好きにしていいから」
 郷田は言いながらニッコリ笑い、スタジオらしい部屋へのドアをガチャンと開けた。
「さーようこそ、完全防音のお部屋へ」
「…………」
 無意識に足を止める。
 郷田たちに従っていた光も躊躇したらしく、小さな声でなっちゃんと呟いたのが聞こえた。
「ふざけんなっ」
 連れ込まれたら反撃のチャンスが激減するのは明白で、いまだふらつく体で馬場の体を振り払う。
「ちっ、往生際わりいなっ」
 しかし悲しいかな、不意を突き返した反撃も、多勢に無勢すぎる。
 郷田たち以外の仲間はさすがに予想外だった。
 あっという間に押さえ付けられる。

「なっちゃん!」
「くっそ、離せっ」
 光が同じように多勢に無勢で羽交い締めにされてるのが見えた。
「ったく、めんどくせえ」
「ここにふん縛っとこうぜ」
「いや一緒に中だ、そいつ言うこと聞かすにはちょうどいい」
「なっ」
 冗談じゃない、と思った時には思いっきり突き飛ばされていて、部屋の中へ転がっていた。

「てめっ、あの歌は……っ」
 とにかくさっさと歌の件の話をつけようと起き上がりかけたところに、ガムテープ。
「んんっ」
 口にべったり貼り付けられて、取ろうとした手もあっという間に後ろでぐるぐる巻きにされた。
「じゃあ、順番待ってっからな」
 誰かがそんな言葉をかけながらドアをガチャンと閉めたのが聞こえた。
「んんんっ」
 順番って、何だ!?
「お前はここで転がってるだけでいいぞ?」
「大人しくしてたら後で親衛隊に引き渡すのはやめてやるよ」
「んうぅッ」
「なっちゃん……!」
 光の悲痛な声が聞こえる。

「ん゛うゥーッ!!」
 フラッシュバックとか起こしてる場合じゃないからな俺!
 光がやばい!
「てっめこの! 暴れんなっつってんだろ!」
「足も巻け!」
「早くテープ!」
「ふぅ゛うんぅうーッ!」
 ふざけんじゃねえと叫んだつもりなのに、言葉になってない。
「ほらほら安達くーん、君が俺らの言うこと全然聞いてくれないから、お友達がこんな目に遭ってるんだよ?」
「な、なっちゃん……!」
「うぅっ!」
 違う、と俺は首を振った。
 原因は、俺じゃないか。
 言え、光。
 あの歌は自分じゃない、俺だって。
 自分は関係ないんだって。

 本気でそう願うのに。
「……な、なっちゃんは関係ないよ……! 離せ……!」
「うぅうーっ」
 言ってほしいのとは間逆の言葉を言う光がもどかしくて仕方ない。
 なんでよりによって俺の口は塞がれているのか。
 体が動かなくても言葉さえ自由なら……。
「安達くーん、別に俺たち、こいつをリンチしようとか思ってないから。安達くんが俺らに付き合ってくれればそれでいいんだよ」
「そーそー。歌ってくれるよな? バンドって練習が大事だからさ。ほとんど毎日んなるだろうけど、放課後ちょっとだけだから」
 軽い口調で言う郷田たちに光は答えず、唇を噛み締めている。

 俺は何かがおかしいと思った。
 ただのボーカル勧誘にしちゃ、俺を人質にして迫るとか、やり方が変だ。そこまでして光に固執する理由って何だ? バンドがやりたくて仕方ないって感じでもなさそうな連中なのに。
 それに俺を人質にするのも、行き当たりばったりの流れだったように思える。
「ほら、俺らの為に歌ってくれよ」
「何がいい? 好きなのかけるし、選んでいいよ? どれが歌いやすい?」

 いつの間に用意したのか、CDデッキが光の目の前に置かれ、郷田が再生ボタンを押す。
「な……これ」
 流れてきたのは、俺が光に渡した曲の何番目かのやつだった。
「君に鞄返す前に、よさ気なのを何曲か、ちょーっとコピーさせてもらったんだ。いいだろ? 俺らでやる曲になるわけだし」
「…………っ」
 はらわたが、煮え繰り返りそうになった。
「うっ、ぅうッ」
 こいつら、人の曲を、何だと思ってんだ。
 俺とユーカの曲を。
 二人で作った、大切な、歌を。