93<脅し>

「そ、そんなの勝手だよ……」
 光が信じられないと言うように呟くと、郷田が肩をすくめた。
「まぁまぁ。たかが学生バンドの話じゃないか。それに言ったろ? 未発表の曲、眠らしとくの勿体ないって」
「…………」
 光がぎゅっと手を握りしめるのが見えた。

「……そんな建前、もういいよ」
 光はそんな風に啖呵を切った。
「へえ、建前? なんで?」
「…………もういいよ。……要を引き離して、こんなとこまで連れてきて、なっちゃん人質にまでとって、もう建て前なんてどうでもいいでしょう。僕を放課後、毎日堂々と連れていける理由が欲しいだけなんだ。バンド活動を周りにアピールしとけば、誰も不思議に思わないもんね」
 あ。とようやく俺も思い至る。

「たまたま僕の鞄手に入れて、興味本位で中見て、面白そうな遊びを思いついたつもりなんでしょう。作曲とか趣味だっていうの利用して、うまく言って誘えば、いつもいる要を追い払えると思ったんだ」
「……ふーん。意外に頭いいんだ」
「ストーカー被害の多さは伊達じゃないんだ。バンドの練習だから部外者禁止とか適当に理由つけて要を遠ざけて、それで僕を自由にして遊ぶつもりだったんでしょう」
「まあね、ほぼ正解」
 郷田はあっけない程あっさり認めやがる。

「いつ気付いたんだい?」
「……今だけどっ。いくら何でもこんなことまでしてボーカルに誘うのおかしいしっ。簡単だと思ったのに上手くいかなくて、それで痺れ切らしてこんな暴挙に出たんだろっ」
「うわ。当たり」
 郷田は面白くて仕方ないというように笑った。
「そうだなあ。もう正面切って脅してるんだ。まわりくどくしなくていいか」
「…………」
「メンバーに引き入れてからレイプでもして、それで脅してやめられないようにしてやろうとか思ってたんだけど、この際どっちが先でもいいよな」
「…………」
 まずい。話の流れがすごいヤバイ。
「……っ、う!」
 なんとかテープを剥がそうともがいてみるものの、遠い道のりに思えた。
「……なっちゃんは関係ないから帰して」
 光の強気な声が聞こえる。
 けど、交渉すべきところはそこじゃないって、光……!

「あぁ、帰すよ? もうちょっと後でね。今帰すと君のボディーガード呼んできちゃうだろ?」
「…………」
「まあ、お友達に見られるのも一興じゃない?」
 郷田はぶん殴りたくなるような言葉を吐いた。
 壁の方に追い詰められた光の姿は、四人の影に隠れて見えなくなる。

「うぅう゛うっ!」
 なんとか口のテープを剥がそうと、床に口元をこすりつける。
 やっつけ作業で端が少しめくれあがっていたおかげで、望みはなくはない。いや、結構ある。
「うっ、んう!」
「おぃうるせーぞ転校生」
「ほっとけ、混ざりたいんだろ」
「ん゛ぅう!」
 んなわけあるかっ!

「や、っだ! 離せっ、さわるな……っ」
「はあー、分かってんじゃん、その台詞ぐっとくるな」
「やっ、いや、だ! 要……っ!」
 耳を塞ぎたくなる声に、半端なく焦った。
「うーっわ、安達くん、やることちゃんとやってんじゃん、すげー跡」
「昨日もお楽しみだったわけ?」
「ぅるさいっ! 離せ! ばか!! ん、んむっ!」
 光の姿が見えないから今どうなってるのかサッパリ分からない。けど、一刻の猶予もないのは確かだ。
「……って、この……と、れ……っ」
 半分までめくれあがったテープを、体を丸めて膝で挟んで一気に引き剥がす。

「あぁいってえ! くそ! てめえらいい加減にしやがれ! あの歌は光じゃねえ! 俺だ阿呆!!」
 ようやく解放された口で、最重要事項を思いっきりがなり立てた。
「ぁあ?」
 一人が物騒な顔つきでこっちを振り返ってくる。
「光は歌むしろ苦手な奴だっつーの! バンドなんて理由こじつけんの無理だから諦めろ! でないと要にぼこぼこにされるぞ!!」
 やっと言えた言葉。これでなんとかなるはず……、と思った、のに。
「……はあ? 誰の歌だって? 無理無理。作り話ならもっとソレらしいこと言えっつの」
「お前みたいな不細工にあんな歌歌えるとか主張されても、正直イタいわ」
「ちょ……っ」
 要の空手以前に歌の件が信用されないというまさかの事態に頭が真っ白になりかける。
 そこを分からせないと、話が先に進まねえ。

「んんう!!」
 光は口を塞がれているらしく、くぐもった声しか聞こえてこない。
「っだから! お前ら馬鹿だろ! 光に手ぇ出してみろ! 無事じゃ済まねえことくらい想像できんだろ!」
「あはは、手ぇ出したことがバレなきゃいいんだよなぁ? なあ、安達くん? 言えないよな? 恋人に、他の奴に犯されたとか、言えたりするタイプ?」
「うううっ」
「言わない方がいいぞ? 今からすること、全部写真撮っとくし、バラまかれんの嫌だよな?」
「んうっ」
「てっめえら……!」
「彼氏にはバンドやることにしたっつって上手いこと言いな。あぁ、転校生。お前が喋っても写真バラまくからな。お友達の為を思うなら、大人しくしとけよ?」
「な……っ」
「お望みならお前も恥ずかしい格好にして撮っといてやってもいいぜ?」
 四人が四人とも、心底おかしそうに笑い声を上げる。

「てめえら……っ、いっぺん死ね! 人生やりなおせ!!」
「るせえなー、そろそろ黙らねえと痛ぇ目見させんぞ?」
「まぁほっとけよ、お友達の声があった方が、お姫様も興奮すんじゃね?」
「あっは、ウケる」
「…………ッ」
 ウケるとこかそれ!?

「ざけんな!! だからあの歌光じゃねえって……! 俺らが黙ってたって光がボーカルやるとか嘘だって要にゃバレバレなんだよ!!」
「まだ言ってんぜ」
「自分の歌だとかって?」
「誰か言ってやれよ、その話イタいってさ」
 けらけらと笑いながら、四人は俺から背も顔も背けて光の方に身を乗り出した。

「…………っ、だ、から……!」
「んうう! うっ、ぃや!!」
「光……っ!!」
 どうしよう、マジどうしたらいい。俺のせいだ。俺がさっさと本当のこと言わなかったから。言ってたらあいつら、すぐに興味なくしてたかもしれないのに。
「…………く……っそ!」
 ここまでやる気満々になってたら……、あの歌が本当に光じゃないのを信じさせたところで、バンド活動を理由にしたんじゃ要を騙せないって分かったところで、こいつらが思いとどまるとも思えない。
 バンド活動を建て前にして数を強要するのは諦めるかもしれないけど、今を諦めなかったら意味がない。
「…………っ」
 でも、俺に興味を向けられれば。
 ……光は押さえつけられてるだけで、縛られてはいない。
 足まで縛られてる俺には無理だけど、光なら、奴らの注意を逸らせさえすれば、不意をついて脱出させられるかもしれない。

「…………」
 ホントに役に立つのかもいまいち疑問だけど! 周りはみんな同じこと言うし、試してみる価値はあんだろ多分!
「……同じことを……繰り返して……」
 四人いりゃあ一人くらい俺の眼鏡外してみようとか思う奴もいるんじゃないか?
「生きてきた何気ない日々……」
 そしたら、たぶん、興味は沸くはずだ。
「本気で奪われたことが……なかっただけの幸せ……」
 肩書きは立派だし。
 ……生徒会長が校内放送で衝撃の告白をした根暗転校生、だからな。
「……おい、待て」
 誰かが呟いた。

「流れの中かきわけるには 生きた時間がまだ足りなくて」
「ちょ、マジかよ……」
「冗談だろ?」
 目の前で歌ってみせたら、信じるしかねえだろ。
「でも君となら二人分の 重みがあると思うんだ」
「やっべぇ」
 四人ともが全員、光から視線を外し、こっちに注意を逸らしている。
「君は僕の英雄ですか 賭けること許してください」
 そのままこっちに来い、光から離れろ。
 そう思いながら続きを歌おうとした時だった。

 ガチャン、と大きな音が鳴る。
「おいっ、やべえぞ!!」
 外にいた仲間が叫びながら入ってきて、俺も光も含めた全員がそっちを見た。
「こいつっ、いつの間にかスイッチ押してやがった!!」
 こいつ、と指差されている小倉が顔を強張らせて固まっているのが、スタジオのガラス窓ごしに見える。
「……スイッチって、何だ?」
「スイッチってっ、スイッチだよ! 中の会話流せば人が来ると思ったんだろうよ!」
「………………」
「…………」
「………………」
 中にいた誰もが、それぞれの意味で、沈黙した。

「いきなり歌聞こえてくっから何だと思ってよ! すぐ切ったけど流れた!」
「な、流れたって……」
「ばっか校内放送だよ!! とにかく逃げんぞ! 今ので絶対誰か放送室に来る!」
 状況説明をしていた奴が言い捨てて先に部屋を飛び出したことで、残っていた外の連中も我先にと飛び出していく。
 郷田たちもそれを見送った後、我に返ったように出口に走った。

「………………」
「なっちゃん……」
 流れたって、俺が、今、歌ったのが?
「……っ、小倉ァっ!!」
 思わず叫んで呼びつけた。