94<責任>

 小倉はびくりと反応してすぐスタジオに入ってきた。
「テープ! 外せ! はやく!!」
 小倉はこくこく頷いて走りよってくる。
「光は服!」
 剥ぎ取られかけて乱れていた服を、はっとして着込み始める光。
「っ、た、助かったけど! 冗談のレベルが半端ねえ!」
 なんつうタイミングだ! よりにもよって俺が賭けで歌いだした瞬間なんて!
「にっ、逃げんぞ! 小倉も来い!!」
 残っていては来た誰かに誰が歌を流したのか聞かれるに決まってる。
 俺だとバレたら、さすがに厳しい。
 これ以上注目されるのも勘弁だし、校内放送で歌流れる羽目になった経緯とか、絶対色々噂になるに決まってる……。
 俺、どんだけ敵増やせばいいんだ!?

「マジであいつら口止めしねえと……!」
 放送で流れた歌の主が誰か知っているってことは、その時に放送室にいたってことになる。その辺のことを隠す為にはたぶん、積極的に広めたりはしねえだろうけど、念には念を入れておかないと。
「どっち行った!?」
「さ、三年の教室じゃないかな……っ」
「こっからだとどっち!?」
「あ、あっちあっち! 追いかけるの!?」
「当然!」
「あ、待って!」
「ぼ、僕も行く……!」
 走り出した俺の後に光と小倉もついてくる。

 三年の教室というのが大雑把な読みであることは気付いていたけれど、郷田たちも焦って逃げたのか、斬新な逃亡先を思いつかなかったらしく、三年のフロアへ行く途中の階段の踊り場にいるのを見つけて俺はスピードをあげた。
「郷田ァ!」
 怒鳴り声にびくっと反応した郷田は、俺が全力疾走で向かってくるのを見てフリーズしたようだった。
「てっめえふざけんなよ!!」
 半ば体当たり的な勢いで郷田の胸倉を掴み、そのまま壁に勢いに任せて押し付ける。寧ろ突き飛ばした感じだ。
 郷田はぐぁ、と声を上げ、周りの仲間は呆然として固まっている。
 ……俺の形相、そんなに怖かったか?

「あんたら高校生だろ! しかも俺らより学年上! 普通小学生でも分かるぞ!? あんたらのやろうとしたことは立派な犯罪だって! 頭足りてないワケじゃねえよな!? この学校に入学できた時点でそれは有り得ないよな!? それとも責任ってなにソレ的な精神年齢なのか!? ふざけんじゃねえよお前の欲求満たす為になんか誰も存在してねえんだよ!」
「………………ぉ」
「自分勝手もあんまり極まると殺意覚えるぞマジで! 今度ふざけたマネしてみろ! どんな手使ってでも、泣いて謝る羽目にさせてやる!」
「……お前」
「何だよ!?」
「…………なんだよ、その顔……すげぇ、かわ」
 郷田が言葉を言い終える前に、気付いたら殴り飛ばしていた。

「うわ、郷田っ」
「ちょ、おま」
「な、なっちゃん……っ」
 口々に反応が上がるが誰もがその場で踏みとどまっている。
「俺の顔の話はしてねえ!!」
 床に倒れこんだ郷田を睨み下ろしながら、俺は叫んだ。
 至近距離でガンを飛ばしたせいで素顔が見えたらしいけど、そんなことで俺の話を聞いてなかったとかぬかしたら、このまま蹴り飛ばしてやる。
「ったいな……! 何す……」
「聞いて分かったと思うけどな! もともとあの歌はマジで光じゃなくて俺なんだよ! 今後一切光に手ぇ出すなよ!」
「……お前には出していいのか?」
 どか、っと無言で郷田を蹴り飛ばした。

「った、……たぁ」
「出してぇのか? やってみろよ。その代わり、責任の取らされ方をよく想像してから行動に移せよ」
「………………」
「…………」
 郷田が無言で呆けているから俺は少々不安になる。本当に馬鹿なんじゃないだろうか。
 まあ、馬鹿じゃなかったら最初から今回みたいなことは企まないはずだけども。
「俺が今、何で噂になってんのかよく思い出せよ」
「……っあー、……会長のねぇ……」
「どう噂されるか分かんねえからな。飛び火されんのが嫌なら俺の周辺に関わんねえのが無難だぜ」
「くっそ、よく分からないネタだと思ってたら……その顔って……あれマジな話なのか会長……」
「………………」
 俺がその呟きを今ここで肯定するのは微妙な気がして、俺は沈黙で通した。

「くそ、なんだこのツイてない流れ……。ここまで来て結局お預けか……。大人しくしてると思ったら、やってくれたな小倉……」
 その発想が更にイラっとする。視界の端で小倉が体を強張らせたのが分かった。
「おい。小倉も含んで俺の周りに関わんなって話だぞ」
「はいはい。お前会長に囲われてて良かったなー。脅し放題だねぇ」
「…………、お蔭様でなっ」
 もう一発蹴飛ばしてやろうかと思ったけど、諦めたならそれでさっさと話を終わらせてしまいたい。

「あと、放送で流れた歌が俺ってのも、黙ってんのが身の為だぜ」
「……へえ、バラされたら困るのか? ずっと安達の歌だってことにしてたみたいだしね?」
「困るのはてめえらだろ。なんで校内放送で歌なんか流す羽目になったんだって会長に聞かれたら、俺正直に答えるぜ?」
「…………」
「俺は目立たずに平和な学校生活がしてぇだけなんだよ。吹聴してソレを邪魔するっつーなら俺もささやかながら仕返ししねぇと気が済まなくなる。会長にあんたらの悪事をもーっと大袈裟に報告してもいいしな?」
「……ちっ、分かったよ」
 渋々といった感じで郷田はそう呟いた。
 とりあえず、当面の問題はクリアだ。高嶺との噂もこういう時には役に立つし。

 とか思った時だった。
「……あれ、じゃあお前、CDって回収した?」
「……は?」
 郷田がそんなことを言った。
「俺らがコピーしたCD。全曲じゃないけど、安達が歌ってると思って、お前の歌入ってる曲、良さげなの何曲かコピったんだよねー。してないの? 使えないなら俺らもういらないし、聞かれたらまずいなら自分で回収しとけな」
「…………さっきデッキでかけてたやつか!?」
 自分でもさっと顔が青ざめたのが分かる。
「そう」
 郷田は可笑しそうに笑いながら立ち上がった。
「んじゃ、それの処分は任せるし? 俺ら行くわ。戻るんなら誰か来る前に急いだ方がいいんじゃないか? おい、行くぞ」
「いいのかよ」
「お前殴られてんだぞ」
「まー仕方ない仕方ない」
 あまり納得していないような他の三人を連れて、郷田は可笑しそうに笑いながら階段を下りていった。

 それを見送りながら、俺は硬直して動かない足をどう動かそうかと本気で悩んだ。
 CD放置って、なんだ? レベル的にはどれくらいヤバイんだ?
 放送がどれくらい流れたのか分からないけど、CD聞かれたら同一人物だって分かるよな? そしたら、CDを回収した相手によっちゃ、俺のだから返せと名乗り出られないって可能性も……。
 そこまで考えた時点で、タイミングを図ったように放送のチャイムが鳴った。
『生徒の呼び出しの連絡だ』
「う、っわ」
 思わず体がビクつく。
「ななな、なっちゃん……っ」
 声の主は、どう考えても、高嶺にしか聞こえない……。

『今放送で歌った奴、今すぐ生徒会室に来い。話がある。繰り返すぞ。今さっき放送室にいて歌ってた奴、即行生徒会室に来い。以上だ』
 ぶつっと放送が途切れる。
「………………」
 何をどう反応すればいいんだ?
「……か、会長、なっちゃんだとは気付いてないみたいだね……」
「……………………」
 光の言葉もよく頭に入らない。
「……えー……っと?」
 なんでこうも俺と高嶺は校内放送に縁があるかな。
 あぁ、これ、また面倒くさいことになるんじゃ……。