95<電話>

「二人とも無事か!? 何があったんだ!?」
 複雑極まる事態に途方に暮れたくなってきた時、階段の下から要の声がした。
 振り向くと大慌てで階段を駆け上ってきている。
「光! 大丈夫か!?」
 たどり着いて要は真っ先に光を抱きしめた。それを見て、もう少しで取り返しのつかなくなるところだった危うさにゾッとする。
 要は光が無事かどうか確かめようと光の顔を至近距離で覗き込み、色々たたみかけている。

 取り残された俺と小倉は二人でその光景を見つめた。
「……小倉。言ってなかった。助けてくれてありがとうな」
「なんか、タイミング悪かったみたいだね」
 小倉は振り向かず、要と光の様子をぼうっと見たまま答える。
 俺も同じ風にして、いや、と答えた。
「……正直言うと、歌ってみせたのは賭けだったから……切り抜けられなかった可能性もあるし。小倉の判断は俺の賭けに比べたら効果抜群だったと思うよ」
「……僕だって賭けだったよ。スタジオのマイクがどれだけ音拾うか分からなかったし、もしかしたら意味なく終わってたかも」
「ん? じゃあ音量自体は小さかったのか?」
「……ううん。不安だったから入力レベル最大にしたんだ。……そしたら無駄なくらい結構拾って」
「あー、そうか」
 ……音量小さくて、流れたのが歌なのは分かってもあんまりよく聞こえなかったとか、そういうオチはないわけか。

「いやでも、結果的には助かった。俺のせいで光がヤバイ目に遭うとこだったからさ」
「……いいよ。僕も、脅されて場所提供しちゃったし」
「いやそれも。そもそもこっちのことに巻き込んだわけだし。悪かった」
「ねぇ、お友達からってのは、やっぱり違うんでしょう?」
「え?」
 脈絡のない話の振りについていけなかった。
「好きだって言ったじゃないか。じゃあ付き合ってるんでしょう?」
「だっ!」
 とっさに腕を伸ばして小倉の口元を覆った。
「……っあ、あのな! 急すぎるだろっ」
「な、にが急っ?」
 小倉は俺の手を振り払って言い返してきた。

 俺は、要に事の経緯を説明をしている興奮状態の光に背を向けて、会話が聞こえないように声のトーンを落とす。
「俺はこの前まで女相手が普通だと思ってたんだっ、手探りで進んで何が悪いっ」
 ついこの間やってしまっておいて、何を嘘八百並べ立ててんだと思ったけど、小倉にハッキリ交際を肯定することは、光や要にカミングアウトするよりも事は重大だ。
 小倉に対して認めたら、全校生徒に広まるのはあっという間だろう。小倉は俺の頼みを聞く義理なんてないんだから、口止めとかできないし。
「……好かれてるからって安心してたら、捕まえとけばよかったってそのうち後悔するんじゃない?」
「だ、だったら小倉には好都合だろ。放っとけよ」
「……い、言われなくてもっ」
 小倉はそう吐き捨てて、ほんの少し慣れなさそうに俺を睨み、光と要の横をすり抜けて階段を降りていった。

「……夏樹、今の奴は? 知り合いか?」
 話を一通り聞き終えたらしい要が振り向いて尋ねてくる。
 俺は投げやりに笑いつつ肩を竦めてみせた。
「巻き込んじゃっただけ、顔見知り程度で……大丈夫」
「……そうか」
「ごめんな要。光危ない目に合わせて……。先輩たちには話つけといたから、たぶんもう大丈夫だと思う……」
 要は俺の言葉に表情を引き締めて首を振った。
「いや、二人とも無事だったならいいんだ。俺もこんな時に警戒もしないでそば離れたのが悪かった」
「要……」
 光が要にベタ惚れなのは、こういうところも大きな要因なんだろうな。

「それよりも……夏樹、歌……。思いっきり会長呼び出ししてたけど……どうする?」
「……えー、電話して事情説明するか……」
 答えたものの、顔は引きつってそうだ。
「うっわぁ、電話!? ちょーカッコイイ!」
「ぇえっ……」
 あ、完全に引きつった。
「そっかあ。お友達になったんだもんねぇ。番号くらい交換してるよねえ! なっちゃん凄いなぁ。あの会長と友達! あっ、違う、その前に告白されてるんだ」
「……恥ずかしいから大声で反復しないでくれるかな」
「え、えへ」
 確信犯らしい。

「大体、今生徒会室行ったら野次馬でいっぱいだろ。あいつ今すぐ生徒会室来いとかっつって、そんなの興味本位の生徒が部屋の周りにいっぱいいるに決まってるし」
「まぁ、それもそうだよな」
 なるほど、と頷く要に、だろ? と返して、ポケットの携帯を引っ張り出した。
 で、画面を開くのと同時にそれが思いっきり震えだす。
「うわっ」
 着信だ。
「……高嶺?」
「えっ、えっ、着信!? 会長から!? うわぁ、タイミングばっちり! 何だろう、歌なっちゃんだって気付いたのかな!?」
「……とりあえず」
 通話ボタンを押した。

「もしもし?」
『夏樹っ! 歌聞いたか!?』
「………………」
 やたら興奮している高嶺の声にどう反応したもんか迷って、結果的に無言になる。
『夏樹! 聞いてるか!?』
「あー、うん」
『聞いただろ!? ちょっとあれは半端ないって、皆同意見でな!』
「……え、何の話?」
『バンドの話だよ! 話したことあったろ! デイブレイク! 去年解散した俺らのバンド! お前曲聞きたいつってたな!? 生で聞かしてやるよ! さっきの奴とっ捕まえて歌わせる!』
「……っはア!?」
 本気で耳を疑いそうになったのは、生まれて初めてだ。

『吾妻がいなくなって諦めてたんだ、もうこの学校に俺らの歌を歌える奴なんていねえってな。けどさっきの奴なら吾妻とため張るぞ! 校内放送の音質でアレだ、鳥肌たったっての! 絶対引き込んでやるって、メンバーの意見も全員一致してる! そしたら新しいメンバーでデイブレイク復活だ! 待ってろ、俺の生演奏、聞かしてやるからな!』
「……………………」
 興奮している高嶺の声は大きく、電話から漏れて聞こえてるんだろう。
 光も要もポカーンとして固まっている。
 俺も同じ風に固まってるんだろうなと、どこかで冷静に判断している自分がいた。