96<不安>

 高嶺の望みを俺が叶えることは無理だと思う。

 そう思ったから俺は、放送室での不慮の事故に関しては知らぬ存ぜぬを決め込むことにした。
「ぅお、ちょ」
 放課後、消灯間際になって部屋に来た高嶺にいきなり抱き潰された時も、平常心を保とうとそれなりに努力はしてみたりする。
 だって俺は今まで歌う側に立つことを考えたことがなかったし、何より音楽はユーカとやるものという概念が出来上がってしまっている。
 それに、ユーカが死んでまだ一年もたってないのに、他の奴と音楽をやるなんて気になれるはずがない。
 たとえ、相手が高嶺でも。

「ど、どぅし……ちょちょちょ」
 高嶺が俺を抱き潰しながら歩くせいで俺の足はもつれそうだ。
「た、かみね!」
「あー、くっそ」
「な、何がくそだ、ってぅわ!」
 リビングのソファと高嶺にサンドされて俺の平常心は違う意味で失われる。
「てっめえ何いきなり盛ってんだよ!」
 手の平で高嶺の顎を思いっきり押し上げた。けど高嶺はうめき声ひとつあげず、俺の腕をあっさり外す。
「お前も盛れよ」
「バカ嶺!!」
 高嶺のボケっぷりが素晴らしいせいで俺のツッコミにも気合いが入る。

「……恋人に癒しを求めてんだよ。なんで怒る?」
「お前は押し倒す以外の方法を探せ!」
「たとえば?」
「たっ」
 たとえば!?
「…………っ」
 例えば、例えば、例えば……
「…………」
 えーっと、癒し……癒し……、な、慰め?
「…………」
 とりあえず、撫でてみたりする。
 高嶺の頭を。

「…………」
「な、何だよ」
 無言で無反応の高嶺の様子を窺おうとしたら、不意打ちでまた抱き潰されて、俺の方がうめき声が出た。
「……たたた、ちょ、くるしっ」
「お前、何者……?」
「はあ?」
「夏樹。死ぬ時は俺が先だからな」
「はぃい?」
 全然意味が分からないんですけど!

「ちょ、っだから! 何なんだ! お前まさか、する気……っ、こ、この前したばっかだろーが!」
「……この前って、……お前、毎日でもやりたくなんのが男だろうが」
「やる側の論理を振りかざすなっ!!」
 俺があの後どんだけ大変だったと思ってるんだこの野郎!
「この前みたいな無茶はしねえ。優しく可愛がる。大丈夫だ」
「うわっ、出た宇宙人!」
 会話が通じない現象イコール宇宙人。
 俺の頭も半端なく意味が分からない。

「待て待て待てっ! 俺はもう寝る! 明日も学校だしっ、疲れる無理!」
「じゃあ、いれねえから」
「なっ、なんでそういう発想……っ」
「それなら返ってスッキリするだろ?」
「ばっ」
「夏樹」
「ぅんっ」
 いきなり口を塞がれて、舌を入れられて、何だかもう投げやりな気分になる。
 何なんだ。どうしたんだ。
 なんでこんな性急なんだ。

「……っか、みね! ど、し……っう」
 キスの合間に尋ねるのに、高嶺は答える気がないらしく、シャツの中に手を入れてきて胸をさわられる。
「っふ、……ちょ」
 やっぱり早い。
 いつもはしつこいぐらいに、ちんたらするのに、今日は俺が置いてかれそうで焦るくらいに早い。
 反対の手がもう下着の中に滑り込んでくる。
 ってか、ドア開けていきなりコレってひどくないか?
 姉ちゃんたちの恋愛指導から言わせると、もしかして体が目的なの? とか思われる危険行動だと思うんですけど!

「……だぁっ」
 いや俺は男だし別にそんな女々しいこと思わないけどさ!
「……っかみね! 待てっ、ちょ」
「うるさい」
「うっ」
 うるさいだあ!?
「たかみね!」
「………………」
 あ、こいつ無視しやがった! 超腹立つ!
「このっ、待てっつってんだろエロ嶺ぇ!!」
「うわっ、ってえ!」
 思いっきり体をよじって、油断してた高嶺の足をソファから落としたら、高嶺はあっさりと床に転がった。

「そう簡単に体ばっか自由にさせると思ったら大間違いだぞ! 女系家族育ちをナメんな!」
「……いや、意味が分からん」
「お前の方が分かんねえよ! 何をそんな焦ってんだ!? 逃げたりしねえよ俺はっ」
「………………いやー、……よぉ」
 高嶺はバツが悪そうな顔をして頭をかいた。
「何っ」
 何か言おうとしてる雰囲気を感じ取って俺は続きを促す。
「……いや、昼間は俺も興奮してさ。ちょっと先走ったとは思う」
「…………昼間? ……その、放送の、……あの、歌の……話か?」
 まさか俺だってバレた?
「まあ」
 あの後適当に返事をして携帯を切って、それきりだ。
 知らぬ存ぜぬを決め込んで生徒会室への出頭命令は無視したけど、もしかしたら郷田とかの関係の誰かが話したかもしれない。口止め効力は絶対じゃないだろうし。

「………………」
「お前すげえ電話口で引いてたみたいだったからさ」
「……え、あぁ」
 いやそりゃ、引いてたよ。
 誰がどこで誰と何を歌わされるとか聞いたら、引きたくもなる。
「後からなんか、どうも、どんどん気になってな」
「お、おう」
「放送とか、したからか……? って思って」
「……ん?」
 どうやら、バレたとか、そういう話じゃないらしい。
「お前ん時もしたろ、俺」
「あぁ」
「放送は、てっとり早いと思ったからしただけで……、お前をすげえ愛してるのは全っ然変わってないからな」
「……は、はぁ」
 なんか愛してるとかサラリと出てきて俺は反応に困るんですが。

「ちょろっと言われたんだ。お前に手ぇ出すなって宣言したのと、今回の出頭命令と、同じ校内放送を使ったから、俺の興味がお前から移ったって噂になるんじゃないかって」
「…………お?」
「それでお前電話で超引いてたんじゃねえかと……。仕事片付けてたらこんな時間まで顔出せなかったし。不安がらせてたらどうしようかと」
「………………」
 それで、会うなり求めてみましたって?
「…………」
「夏樹?」
「……高嶺、お前……」
 ちょっと、笑けてくる。
「……ふふ、は……、お前……」
「何だよ」
「いや凄ぇ可愛いとか思っちゃって……あはは」
「はあ?」
 高嶺は眉間にしわを寄せて顔を引きつらせた。

「何だそんなコトでお前、不安になってたのかよ……、いや悪い……、引いてたのは……、そんなんじゃねえ、大丈夫」
「……夏樹」
「は、なに……」
「お前が言っていい言葉じゃないっての証明してやる」
「え、は?」
 高嶺が鋭い目をしてきて、俺の笑いは引っ込んだ。