98<暇人>

 この三日間、学校の噂はデイブレイクの復活の話で持ち切りだ。
 生徒会の出頭命令は、ボーカルをスカウトしてのバンド復活を容易に想像させたらしい。
「ねぇ、なんで会長に話さないの?」
 放課後、寮までの帰り道、隣を歩く光にそう話し掛けられる。
「友達になったんなら話せば分かってくれるんじゃない? あの歌はなっちゃんだけど、ボーカルはやる気ないってさ」
「…………あー、んー」
 俺は生返事を返して空を見上げた。
 梅雨入りも間近な曇り空だ。

「でも、なっちゃんがデイブレイクのボーカルするの、凄い見たいんだけどなぁ」
 この三日間、光は事あるごとに、俺のボーカル参加を推奨してくる。
「……人前で歌うのはユーカの仕事だったからさ」
 俺はその度に、微妙に言い回しを変えて同じ返事をした。
「そっかぁ。そうだよねえ」
「なあ夏樹」
 ふと光の向こうから要が話し掛けてくる。
「ん?」
「いや、ボーカル参加はともかくさ、とりあえず会長に名乗り出て歌の主探しは止めさせた方がいいんじゃないか?」
「……そうか?」
 ばれたら最後、たった一日でくどき落とされたように、ボーカル参加も説得しきられるんじゃないかと不安な俺は、できればそれも避けたいんだけども。

「生徒会が結構本気で探してるの、学校中が噂してるだろう? 中には会長の興味が夏樹から歌の奴に移ったって言ってる奴もいる」
「…………」
 それは知ってる。
 高嶺があの夜言った通りの噂の流れだ。
「……実際がそうじゃなくても、周りがどう思うかが重要なんだ。会長の庇護がなくなったと思って、お前への反発が一気に表面化しても困る」
「……あぁ」
 そうか。
 ……そういう可能性もあるのか。

「もしかして、もうなんかあったか?」
「え、いや……、なんも、特にってのは」
 いつも通り、ちらちら視線を向けられてひそひそ話されるくらいだ。
 いまだに食堂には行けてないけども。
「うーん、杞憂ならそれが一番いいけどな」
「大丈夫だろ」
「呑気だなぁなっちゃん……」
 そう評する光の声だってのんびりしてて、特別危機感とかは感じないし。

「ま、とりあえず……、えーっと、また月曜な」
 話してるうちに寮の西館の階段までたどり着き、俺はひらっと手をあげた。
 すると光が、えーっと声をあげて腕にしがみついてきた。
「なっちゃーん! もしかして土曜も日曜も一人でいる気っ? 先週なっちゃん風邪引いて遊べなかったのにー、ご飯とか一緒に食べようよー」
「あ、あぁ、そっか。そうだな」
 言われてそれもそうだと気付く。
 館が違うとはいえ、同じ寮の中なんだからちょっと歩けばすぐ顔は出せるんだし、二人の時間を邪魔しない程度に飯の約束をしたって別に構わないか。

「よぉし、じゃあ今度は雑炊じゃなくて、もっと豪華なもの腕によりをかけて作るね! 要が!」
「おい。俺か」
「え、僕が作っていいの?」
「お前成功率三割切ってるだろ」
「三回に一回は美味しいの作れるってことじゃん」
「違う。三回に一回はとりあえず食べられるものが出来るってことで、美味しいもの作れる割合はたぶん十回に一回くらいだろ」
「ええっ! ひどい!」
「うん、要が作ってくれ」
「なっちゃんまで!」

 ひとしきり、ぎゃあぎゃあと騒いだ後、じゃあ後はメールでという流れになって二人と別れ、そのまま西館の一階を抜けて東館に入り、エレベーターが一階にあるのを見てラッキーと乗り込んだ。
「ついてるー」
 些細なことかもしれないけど、俺にとってエレベーターが一階で待機ってのは結構意味が大きい。
 学校で色々と噂されている身としては、エレベーターで人と乗り合わせると結構視線がうっとおしかったりする。
 だから、エレベーターが一階で待機ってことはつまり、周囲に人がいない限りエレベーターの同時使用者はいないっつーことで、安心して乗り込めるのだ。

 で気分がよくなって部屋の前までたどり着いて、カードキーを出した瞬間、その気分はあっさり霧散した。
「なんだこれ」
 白い紙が、貼り付けてある。
 セロハンテープで。
「……んだよ、果たし状か?」
 なんかまた面倒臭そうなモンを見つけてしまった感が凄いする。
 折りたたまれているそれをビッとはがし、とりあえずドアを開けて中に入った。
 リビングに鞄を放り出して紙をオープンする。

「…………」
 ――会長に愛想を尽かされて可哀相ですね。今夜慰めに行きます。
「……………………」
 ………………。
「……ぶはっ」
 初めて見た!
 思わず吹き出した俺、なんか反応間違ってるかな?
「うっわ」
 脅迫状とか初めて見ましたけど。これ本物ですか?
 マジでこんなん寄越すイタい奴がいることが超ウケるんですけど。

「いやいやいや……すー、はー」
 微妙に上がったテンションを、落ち着かせようと深呼吸をした。
「ウケてる場合じゃないか……、いやでも、慰めに来るって何系?」
 まさかそっち方面か? 俺の見た目に萎えないツワモノかそっち専門か……いや、どっかから噂流れたか?
 俺の女顔のことはわりと何人かにはバレてるし。つか、既に十人以上だよな、たぶん。クラスでは光たちと小野寺と。生徒会のメンバーも皆知ってるし五十嵐も……。そういうや社会科の滝田もだし。
 ……結構隠せてないよな、俺。
「……小倉とか郷田方面かぁ?」
 あの辺の面々はあんまり進んで秘密にしてあげようとは思わないだろうしな。話が洩れたとしたらそこら辺か。

「いや、でもコレただの怖がらせ手紙じゃん」
 人を本気で襲う気なら、日時を知らせる事もその計画を教える事もしないのが普通だ。そうでなきゃ成功するものもしなくなる。
 大体、今夜行きますとか、鍵閉めて外に出なきゃそれで終わりだ。
 ようするに、襲うのが目的じゃなくて、手紙で脅すのが目的。
 最初から襲う気がないなら、俺の顔の話なんか知らずに、この学校ならではの脅し文句を選んだ可能性も充分ある。
 ようするに、慌てる必要は何もないわけだ。
「アホらし。暇人め」
 何かあった内にも入らないし、高嶺にも要にも報告する気は起きやしない。

 俺は手紙をぐしゃっと丸めてゴミ箱へ放った。
 うまくインして、ふんっと鼻を鳴らしたところへ、ポケットで携帯が振動する。
「おぉ? あ、着信だこれ、誰……」
 バイブの震え方が長いから通知じゃなくて電話だと分かる。
 切れる前にと急いで出して画面を開くと、そこには陽丘さんの文字があった。
「お? なんだ? …………はい、もしもし」
『もしもし。夏樹くん?』
 優しげな声がした。
『僕だよ。陽丘だ。今いい?』
「え、あ、はい」
『授業はもう終わったんだよね? もう帰ってるかい? いま寮?』
「あ、はい。今帰ってきたとこで」
『本当。じゃあ今からちょっと時間大丈夫かな? 話をしたいんだ。行っても大丈夫? すぐ帰るから』
「え、今からですか?」
『そう。何か予定ある?』
「いえ、特には……。まぁ、大丈夫です」
『そうか良かった。じゃあ十分くらいで着くよ。待ってて』
「はあ。……待ってます」
 とりあえず断る理由もないので承諾すると、陽丘さんはじゃあまた後でと電話を切った。

「……なんだろ、急に」
 事故のことか? そういえば、事故を起こしてきた犯人、まだ捕まってないしな……。その辺のことかもしれない。それか病院の経過観察のことか。
 それに話なら俺の方もあるんだった。
 五十嵐の言ってた、顔隠しの真意を聞かなきゃいけない。
「…………陽丘さん、ミルクティでいいかな」
 そろそろコーヒーとかも常備しておいた方がいいかもしれない。